パリグループ発表時に論文共著の呼びかけはなかった(2/11~2/19)
荒川氏のnoteには以下のような記載がある。
過去のメールや資料を確認したが、この荒川氏の主張は明らかな虚偽であることが判明した。
パリグループで発表をしたのは2022年2月である。このときの持ち時間は、前回紹介したメールに記載の通り荒川氏が13~14分、私が6~7分である(なお、前回紹介したメールからパリグループの会合までに、事前打ち合わせのメールが何通かあったが、それは省略する)。パリグループでの発表に使った私のスライドを確認したが、全部で12枚あった。時間的に共著を呼びかける余裕はない。
さらに、パリグループの会合が終わった後で、荒川氏から私宛のメールが届いているが、その内容は以下の通りである。
ここには、パリグループのメンバーとの共著の話は一切出ていない。より決定的なのが、後に紹介する3月のメールである。そこで初めてパリグループのメンバーを共著に誘ってみるという話題が登場しているが、3月のパリグループの会合は掛谷・松本論文から荒川氏のデータを切り離した後であり、さらにそこで私は発表をしていない。つまり、私が「論文の内容について発表した際」、「論文の全データを提供した」人を無視して共著の呼びかけをしたというのは事実無根ということになる。この点については、3月のメールを紹介する際に詳しく説明する予定である。
上の荒川氏のメールでは、誰かに荒川氏の論文のcritical readingを依頼できないかという問い合わせがある。そこで私が候補に挙げたのが、荒川氏が『研究に一切参加していなかった』と形容した松本氏(東工大教授、 私の大学時代の同級生)である。
なお、上のメールの最後に出てくる文書への署名とは、危険なウイルス機能獲得研究の禁止を求めるハンブルグ宣言への署名のことである。
Critical readingに関する私の提案に対して、荒川氏も承諾の返事を私に送っている。
今回のまとめ
掛谷がパリグループで論文の内容について発表したとき、論文のデータを提供した人を無視して共著の呼びかけをしたという事実はない。
松本氏は荒川氏の論文のcritical readingをお願いすることを契機に、この研究に関わるようになった。
次回のメールで、松本氏の研究への具体的貢献の内容が明らかになる。