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また逢う日まで

実は舞台を最近までやっていた。
僕は素人で高校の時にちょい役で文化祭の時に出たのが最後だった。
そんな僕が10ヶ月の時間をかけて、同じ素人の人と1つの舞台を完成させたことを書きたいと思う。

舞台を始めたきっかけ

そもそもなぜ僕が舞台に挑戦したかというと、2つの理由がある。

1つ目の理由は10年前に見た舞台の影響だ。森見登美彦原作の舞台で、僕の心を鷲掴みにした。いつか自分も…と思ってるうちに10年も経っていた。
2つ目の理由は、奥さんの影響だった。彼女は絵を描くが、僕はその姿を見て「うらやましい」と思っていた。学生時代から勉強とスポーツばかりしていたので、僕には自己表現をする術がなかった。自分の中に溜まっていく自分を抑えきれなくなったのだ。気づけば、僕は「舞台」で検索して応募していた。

稽古と役との出会い

稽古は発声、歩行、ポーディング(所作)などをじっくり3ヶ月くらいをかけてやった。これがとても長く感じたが、本番が終わった後に今思うのはこの期間がすごく大切だった。全ては基礎稽古に通じる。
そのあとに台本を渡された。最初読んだ時は「なんじゃこりゃ」と思った。ストーリーはわかるし、意味もわかる。ただ、あまりにも台本というものに慣れてないのか、これで舞台なんかできるんだろうか?と少し不安になったのを覚えている。
配役はすぐに決まらず、各役を持ち回りで演じながら、配役を決めていく作業が続いた。いろいろな役をやっていくうちに、この役は面白そうだとかあの役はハズレだなんておこがましくも思っていた(後々考えたら、全ての役に意味があり、やりがいがある)。そうして・・・


私は、モグラになった。


モグラ?と思った方もいるかもしれないが、この話は死後の生まれ変わるまでの天国でのロビーでの物語だ。私の役の前世はモグラなのでモグラ役である。ちなみに主役(の1人)だ。

前述の通り、台本は読み込んでいたので、どんな役は知っていたつもりだが、実際に演じてみると難しい役だった。
カタブツすぎる…。臆病すぎる。そして、めんどくさい奴だった。
あれ?そんな奴どっかであったような気がするな。

これは僕だ。

そう思った。僕の特徴にことごとく当てはまる。明るい世界があるのに、何を好んで真っ暗な世界にいるんだ・・・まさしく僕じゃないか!
・・・なんで台本読んでる時に気づかなかったんだろう。
配役について演出の方に聞くと、私は人に影響を受けやすいので演じることや自分自身と向き合ってほしいとのことだった。見事に私のことを見抜いていたのだった。私は人に影響を受けやすい性質でいつも目の前の好機を逃す臆病者だ。そんな自分自身を見つめるチャンスをくれたのだ。

苦悩の始まり

ただ、これは苦悩の始まりだった。
このモグラという役は物語のなかでも突出して台詞回しがくどく、抑揚がつけにくい。感情をどこにどう乗せていいかわからない。周りのひょうきんなキャラがただただ羨ましかった。なんだよ、めちゃくちゃ自分自身に似てる役なのに、難しいじゃないか!モグラよ!おまえ、めんどくさい奴だな!と自分自身に似てるモグラ君に半ばキレていた。

私自身の鬱々とした感情はモグラ役には適していたが、舞台という特性上、観客に伝えるために声を張らなきゃならない。ただ声を張れば怒鳴り声になりがちで鬱々とした感情が表現できている気もしない。だったら、鬱々した表現じゃなくて怒りに変えようか…、ただそれは僕のしたいモグラじゃない…。葛藤は続いた。

焦りと衝撃

そうこうしているうちに公演まで2ヶ月を切っていた。周りはどんどん上手くなっていき、仕上がってきている。焦る。けど、うまくいかない。周りに迷惑をかけているような気がした。やっぱり俺がモグラなんて、主役なんて無茶だったんだ。演劇なんて始めなきゃよかった…。ぐちゃぐちゃな感情だった。

ある練習の時にもうどうにでもになれ!と思ってただ大きい声で稽古をした。

「今のすごくよかった!」

え?今のが?
信じられなかった。ただ、大きい声を出しただけじゃないか。疑問しか浮かばなかった。そして、モグラの相方役から衝撃の言葉が走る。

「やる気がないかと思ってた」

ええ!?こんだけ悩んでたのにそんな風に思われたの?
衝撃だった。僕の内面的な苦悩は理解されていなかった。

ただ僕は、この一言に“救われた”。
舞台では内面的な苦悩なぞ、観客に伝わなければ何の意味もないのだ。僕の悩みは消え失せた。ただ、観客に伝えるために大きい声を出すことが今の自分には必要なんだ。そう信じて悩むのをやめて、いろんな人と話をした。この公演は独演会じゃない、チームで観客を感動させるためにやっているんだ。当たり前のことなのに、今更気づいた。

大きい声を出す。ポーディング(所作)をつける。共演者と話して役を作っていく。そうすると、内面的な悩みは自然と表現できるようになっていた。いつしか僕は僕自身の演技が好きになっていた。周りの人もどんどんと成長する僕のことを褒めてくれる。なんてやりがいだ。求めていたものは目の前にあったのだ。明るい世界に飛び込めた気がした。

自分自身と向き合うこと

演出家の方は1人で悩めなんて、一言も言っていなかった。僕は人を頼るのが苦手だ、だがそれこそが向き合うべき自分自身だったのかもしれない。人に影響されやすいからといって自分の殻にこもっては、今までと何も変わらない。自分と向き合うとは、他人を通して自分自身に葛藤することだと思った。

案外、他人を通した自分は悪くないし、僕は愛されていたと思う。慕ってくれる人はすごくいた。それに気づくのが遅かった。本番当日になってしまった。もっとみんなと話をすればよかった。自分の想いをもっとぶつければよかった。もっともっと時間が欲しい。みんなをもっと好きになりたかった。好きになってほしかった。

後悔と感謝が入り混じながら、僕は精一杯演じた。
過去最高の出来だった。これ以上は望めないなと思った。

幕は閉じられた。

最高の経験だった。
今もまだ高揚している。

「さぁ、今度は何に生まれるんだろう?」

モグラのセリフが頭に浮かぶ。
僕は今生まれ変わったのだ。
人生はこれからだ。

「じゃあ、行ってきます!」

また逢う日まで・・・!

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