日崎アユム

静岡県に住む能天気な小説家です。

日崎アユム

静岡県に住む能天気な小説家です。

最近の記事

【短編小説】王子様のおともだち

 この国の王子には侍童という従者がつく制度がある。王子が七歳になった時に、父である王の側近の子弟から、優秀で近侍にふさわしいと判断された少年が選ばれる制度である。侍童は、少年時代は学友としてともに学びながら身の回りの世話をし、王子が成人してそれなりの役職を得れば、側近として政治に携わることになる。王子を支え、守る重大な務めであり、この上なく名誉のある仕事である。貴族はみんな我が子を王子の侍童にしたくてたまらない。侍童になれば出世街道間違いなしだと言われている。  このたび第一

    • イヤサカ 第9章

       気がついたら、いつもの拝殿の真ん中に正座していた。  ナホは目をまたたかせた。  自分はいつからここでこうしているのだろう。社に向かう途中で炎の波に包まれてから、記憶が、ない。炎の波に触れられたのだろうか。止められたのだろうか。分からない。  窓が閉め切られている。今が昼か夜かも分からない。  暗い部屋の中、いくつもの小さな炎が宙に浮いていて、ほのかに光り輝いている。  正面、祭壇の前にひとの姿があった。  雪のように真っ白な肌、紅をひいているこじんまりとした唇、夜の闇を凝

      • イヤサカ 第8章

         ノジカがその轟音を聞いたのは、山裾、もうすぐ浜の東側に出るという時のことだった。  すさまじい音がこちらへ向かってくる。聞いたことのない音だ。  驚いて立ち止まった。  視界の端に黒い波が見えた。  大量の丸太や土砂、何か建物だったと思われる木片などを含んで、山の方から波が押し寄せてきた。  その波はノジカに見たことのない荒ぶる神を連想させた。  黒い荒ぶる神が河をなぞるように山を駆け下りてくる。木々を薙ぎ倒し、畑を呑み込み、浜へ向かって押し寄せてくる。  浜の西奥、河口に

        • イヤサカ 第7章

           まぶしさに耐え切れず目を開けた。  窓から陽の光が入ってきていた。どうやら太陽の角度が変わったようだ。時が流れている。  どれくらい経ったのだろう。  ナホは慌てて上半身を起こした。  寝ている場合ではない。一刻も早く帰ってやらなければならないことがあるのだ。  今日は山の民にとって記念すべき日となる。山の民が尊厳を取り戻す日となる。  その瞬間に立ち会わなければならない。  だが――春の空気はまだ温まり切らず裸の胸は寒さを感じた。  手元を見下ろす。  ナホが羽織ってきた

        【短編小説】王子様のおともだち

          イヤサカ 第6章

           深い紺色をしていた海が柔らかな碧色に変わっていく。春が近づいてきている。 「――まあ、ガキの頃からよく喧嘩する双子だったな。物心がついた時から競い合ってた。小さいことでもよく殴り合った」  ノジカはある戦士の男と二人並んで浜辺を歩いていた。特に用事があるわけではなかったが、のんびりとした足取りで河口の方に向かっていた。 「相手ができることは自分にもできなきゃ嫌だってんで、同じことをしたがって、同じことができるようになった。相撲の取り方から綱の結び方まで、何でも似たような機会

          イヤサカ 第6章

          イヤサカ 第5章

           オグマは右手を大きく振りかぶった。  左斜め上から殴られる。  察知したナホはとっさに頭を右に動かした。  途端もう片方の手で襟首をつかまれた。  左手が空いていたのだ。ナホがオグマの左側に跳び込んでくるのを待っていたのだ。  オグマの方へ強く引かれた。  同時に足を払われた。体の均衡を保てない。宙に浮く。そして落下する嫌な感じを覚える。  衝撃を最小限に抑える――体表のできる限り広い範囲で受け止める、頭を落とさないようにする――地につく覚悟を決める。最近学習したことだ。

          イヤサカ 第5章

          イヤサカ 第4章

           浜に数人の男が立っていた。円を描く形に並んで輪になっている。何かを取り囲んでいるようだ。  男たちの険しい表情が気になった。  ノジカは彼らの視線が集中する真ん中を覗き込んだ。  ククイだ。男たちはククイを囲んでいる。  山から浜へ吹き下ろす風は肌を裂くような鋭さだ。産み月の大きなお腹を抱えたククイをこの寒さの中に置いておきたくなかった。それに男たちの雰囲気は不穏だ。ここからではククイの表情までは見えなかったが、とにかく、ククイを威圧することを言っているのなら止めなければな

          イヤサカ 第4章

          イヤサカ 第3章

           族長イヌヒコの意識が戻った。しかし彼の回復を素直に喜んだのは次女のテフだけであった。  まだ床から起き上がれないイヌヒコを囲んで、長老たちとイヌヒコの長男のシシヒコ、そしてナホが詰めている。  ナホは今日も女向けの着物を着ていた。正装とは違うが、生前の母、つまり先代の女王が普段着として着ていた高価なものだ。他の村から献上された絹でできている。いつかノジカと二人で暮らす日が来れば彼女に贈ろうと思って大事に保管していた。自分が袖を通す日が来るとは思ってもみなかった。  カンダチ

          イヤサカ 第3章

          イヤサカ 第2章

           実のところ、ノジカが一番敗北を噛み締めたのは、カンダチ族の船に乗せられた時のことだった。  神の火の山のふもとには雪解け水を源とする川がいくつか流れていて、うち何本かが合流して一本の大河を形成している。  カンダチ族はその大河を船で遡ってやって来た。  川岸に住まう山の民を破竹の勢いで制圧し、最終的に火の山の女神とその眷属たるマオキ族をも打ち倒した。その勢いはまさに電光石火、ほんの二、三ヶ月のことであった。  その快進撃を裏で支えていたのがこの船だ。  ノジカたち山の民が使

          イヤサカ 第2章

          イヤサカ 第1章

           マオキの族長イヌヒコが負けた。カンダチの族長と決闘をした結果だ。その身に幾太刀もの刃を浴びて倒れた。  族長同士、対等な立場での、正々堂々とした戦いであった。戦を長引かせぬために必要とみなされた儀式であった。  頭では分かっているのにナホは受け入れられない。  イヌヒコの枕元に座っていたナホは、しばらくの間呆然と、布団の上に横たえたぼろぼろの身体、頬に血のかたまりをこびりつけたままのむくんだ顔を睨むように見つめていた。 「俺は負けていいなんて言っていない」  口にした途端激

          イヤサカ 第1章

          帝都本郷下宿屋あさぎり ~貧乏公家と刃無し~

          あらすじ  世は徳川将軍十七代目家清の時代。第十四代家茂とその御台所和宮の子が将軍職を円滑に継承した江戸幕府がなんとか体制を立て直した日本は、幕府主導のもと文明開化の時代を迎え、現在近代化の道をひた走っている。  開国から時は流れて半世紀が経つ泰清時代、ここは江戸から東京府東京市と名を改めた新都の学生街・本郷。あまたひしめく下宿屋のひとつ「あさぎり」にご機嫌な二人組が住んでいる。武士の息子で妖刀夢虎丸の後継者・祥彦と公家の息子で炎を操る異能者・明生。名家の子息でありながら訳

          帝都本郷下宿屋あさぎり ~貧乏公家と刃無し~

          狼の子と猫の子のアルフライラ 第9夜:おかえりなさい

          1  投石によって破壊され、内部の壁掛けや絨毯を露出した状態だが、それでもなおワルダ城は城内にいる者たちを守らんとそこに存在する。  しかし今日も日が昇ってしまった。この地に照りつける太陽は苛酷だ。まして今のワルダ城は一部屋根を失っている。  ザイナブは、崩れた壁にもたれながら、先日城内で産まれた赤子を抱いていた。城下町から避難してきた庶民の女が産んだのだ。とてもおとなしい子でなかなか声を上げない。 「泣いてもいいのですよ」  極度の不安と緊張を強いられた母親からは

          狼の子と猫の子のアルフライラ 第9夜:おかえりなさい

          狼の子と猫の子のアルフライラ 第8夜:僕たちの価値

          1  ファルザードの予想どおりだった。  怒風組の背後には、宮廷で絶大な権力を握っている人間がいた。  大宰相ウスマーン――この国で皇帝に次ぐ政治的権力を持った男だ。  政治に疎いギョクハンでも知っている大物だ。  検地をし、台帳を作り、徴税する。諸外国の王や諸侯と渡り合い、外交手腕で帝国を守る。軍事的な活動をしているという話は聞いたことがないが、ある意味では最強だ。  しかし、ケレベクに連れられて円城の中に向かい、実際にウスマーンの邸宅で本人と会ってみると、そんなに恐

          狼の子と猫の子のアルフライラ 第8夜:僕たちの価値

          狼の子と猫の子のアルフライラ 第7夜:誰かが定義した自由

          1 「おばあちゃん、ありがとう」  ファルザードがそう言いながら老女の手に一金貨を握らせた。途端、老女は顔をくしゃくしゃにして半泣きで声を震わせ始めた。 「いやね、なんだかいろいろ話をしちゃったけど。怒風組もみんながみんな任侠だってことに誇りを持っているわけじゃないから、本当に気をつけなさい。変なのに捕まったら、あんたみたいに可愛い子、どこに売り飛ばされるかわかったもんじゃないよ。アシュラフ人ならちょっとがんばるだけで官僚なり何なり職にありつけるんだから、悪いこと言わな

          狼の子と猫の子のアルフライラ 第7夜:誰かが定義した自由

          狼の子と猫の子のアルフライラ 第6夜:正義は我にあり

          1  ヒザーナはイディグナ河の西岸に築かれた都市だ。  計画的に造られた街中には、運河が網の目状に張り巡らされている。人々はその運河を利用して移動したり物品を運んだりすることができる。目で見て涼むこともできる――今のギョクハンとファルザードのように、だ。  二人は、運河のうちの一本を見下ろす高級飲食店の二階の個室に通されていた。窓から遠くに目をやるとイディグナ河も見える。  これからジーライルの出資者であるアズィーズという男と会うことになっている。  どうやらアズィ

          狼の子と猫の子のアルフライラ 第6夜:正義は我にあり

          狼の子と猫の子のアルフライラ 第5夜:帝都ヒザーナにご到着!

          1  何の困難もなく二日半で帝都ヒザーナについてしまった。  まだジーライルをいぶかしんでいたギョクハンだったが、こうして事件事故もなくヒザーナに案内してもらうと、警戒して緊張しているのが間違いのような気がしてくる。  騙されてはいけない。まだほだされるには早い。  しかし、ヒザーナの一番大きな隊商宿、中でも追加料金を取られるほどの上等な食堂に案内されて「おごるよ」と言われてしまうと、食べ盛りの少年の心はぐらぐらと揺れた。  絨毯の上に並べられた豪勢な料理――焼きた

          狼の子と猫の子のアルフライラ 第5夜:帝都ヒザーナにご到着!