ガンダム外伝アーサー・ドーラン戦記 第拾壱話「共振」 U.C.0083②
互いの名を知った二人。逃れられぬ宿命、始まりの時。
ジム・ピオニア vs ゲルググ・ペルート
ニュータイプ対オールドタイプ、勝つのはどちらだ。
ジム・ピオニア ヤスコ・キッシンジャー機 学習型コンピュータ “CHLOROS”
回廊内に発した感応波がヤスコ機の装甲を打ち付ける。強すぎる感応波を感知した学習型コンピュータが一時的にサイコミュ受信機を停止しようとしたが、CHLOROS搭載機であるピオニアは設計上受信機の停止が許されていない。学習型コンピュータがフル稼働している。破損の危機に陥っていた。
アーサー機と同じく感応波の輻輳に曝されている。驚愕すべきはパイロットの感応波レベルまで跳ね上がっている点だ。感応波の共鳴現象。バイタル変化が如実に見て取れた。脳内の血流、神経電位の値も微妙に変動し続ける。
学習型コンピュータはシステム保護の落とし穴にはまってしまった。CHLOROSが目覚めてしまう。機体のリミッターが解除され、信号は無制限に発信される。常に味方機とデータリンクして戦う力はまだジム・ピオニアに備わっていない。
無人MSのための試験機能が、誰の許しも得ないまま、よちよち歩きの一歩目を踏み出してしまった。
ジム・ピオニア ホス・シャークス機 コクピット
回廊内で味方が戦っている。ホス少尉が今すぐ援護に向かいたくても、ボロボロの自機では叶わぬ話だ。骨折寸前の股関節を気遣いつつデブリを蹴って進んでいたが母艦は見えない。
そんなときデータリンク信号を受信した。サブカメラの映像をメインモニターに回していたので発見に手間取ったが、遠くヤスコ曹長のジムが見えた。
「あぁ女神様! おーいヤスコさーん、俺ここよー」
大きな地声を上回る歓喜の叫びが、ホス少尉のヘルメットを震わせた。
回廊 地球側 量産型アクト・ザク
ゲルググと二機のジムが少年達の防衛線へ迫ってくる。指示を無視して前線へ上がらなかったが、艦長は何も言ってこない。それどころか主砲を撃つから射線に被るなと通信が入った。フォーメーションを広げて母艦の射線を確保する。すぐさまメガ粒子砲が放たれた。回廊へ大きく踏み込んだ連邦の艦。あれを墜とすつもりか。
少年たちは接近するMSへ頭を切り替える。珍しいこともあるものだ。クェイカー大尉が露骨に引いている。息のかかりそうな距離で並走しながら後退しつつ、互いに決め手がないようだ。
クェイカー大尉が負けるかもしれない。彼が負け、防衛線を抜かれ母艦を追い越せば、コムサイを遮るものはない。止めなければ。
「大尉を援護しよう」
「僕が前に出る。ジャイアントガトリングで敵の進路をふさいでくれ」
「出なくていい! ここから届くよ」
「こいつの命中精度で止められると思うか!? 近づかなきゃだめだ」
少年達は誰が前に出るかで揉めてはいない。どうすれば抜かれないかで意見が纏まらなかった。前に出たやつが先に死ぬ。残った二機で防衛線を維持できるか?そこが論点なのだ。生存を諦めた少年たちの言葉には、それでも尚互いを思いやる温かさがあった。
「なら俺が行く。試射から使ってるんだ、こいつのモーメントには慣れてるよ」
最年長、14歳の少年が震える掌で操縦桿を倒した。二人の制止を振り切って。量産型アクト・ザクが交戦距離に届くまで一分とかからなかった。ジムのカメラでも母艦が捉えられる距離のはず。
――お父さんお母さん、俺、兄弟ができたんだ。お兄さんになったんだよ。
――弟たちを守るんだ。 だから……いいよね。
回廊内 アーサー・ドーラン少尉 vs クェイカー・モウィン大尉
ジム・ピオニアは機体のリミッターが解除され、エネルギー配分はCHLOROSに掌握された。スラスター推力、とくに短時間の加速力向上は目を見張る。
ジム改から引き継いだモーションは、学習型コンピュータに蓄積されたアーサー少尉の動きを基に上書きされていく。不自然な動きであっても追従できるように、姿勢制御系はリアルタイム重視から未来予測偏重へ推移した。
パイロットへの影響は甚大だ。コマンド分離が600ミリ秒以上短縮、1秒近く短くなる瞬間もある。敏感すぎてさばききれない。モニターには複数の攻撃指示が乱れ飛ぶ。未来予測が提示されている。だがパイロットは、攻撃提案を受け入れる余裕がないようだった。
アーサーは焦っていた。途端に自機の反応が敏感になった。不具合か、左腕部のパワー変更が影響したか、なんでもいいが調べている時間はない。ゲルググと並走するだけで死にそうなのだ。
ラッキーパンチで九死に一生を得たものの、最大のチャンスをも失ってしまった。がら空きの胴体に叩き込めず、敵の後退を許している。再び離れれば二度と接近できないだろう。ゲルググを好きに飛ばしてはいけない。アーサーにできることと言えば、ぴたりと張り付いて追いかけることくらいだった。
反応が敏感すぎる点を除けば、モーション、マニューバーとも不自然な点はないように思われる。ジム・ピオニアを乗りこなしている気がする。それとも学習型コンピュータが自分に合わせてくれているのだろうか。ともかく今は機体操作とゲルググに全神経を集中する。それ以外出来ることがない。マリアンナに狙撃タイミングを指示できない。彼女の判断に頼るほかなかった。
ゲルググに張り付いて、ムサイ艦の攻撃を避けながら、推進剤残量とピーピーやかましいヘルスチェックモニターを目の端に入れたらもう頭がいっぱいだ。僚機とデータリンクを試みているようだが何のつもりだ?試作機特有の挙動など気にしていられない。
マシンガンの銃口が動くと同時に避けられてしまう。読まれている、というより“分かって”いる。何度か撃ち込んだが一発シールドに弾かれたのみで後は躱された。弾倉交換の隙すら作れず、残弾で何ができるか考えている。ピオニア未搭載の頭部バルカンさえあれば崩せる状況が、アーサーの歯がゆさを掻き立てた。
いっそのことマシンガンを捨ててしまうか。ビームサーベルでシールドごと切り捨てる。そうなると間合いが問題だ。ゲルググはヒートホークを使用した。両端から発振するビームサーベル、通称ナギナタを見せない理由は戦い慣れているから。必ず奥の手がある。
一の太刀を防がれた場合、先の一騎打ちのように自機を捻って二の太刀を仕掛ければ、ナギナタの斬り返しを許してしまう。ゲルググ相手に斬り合いは不利だ。だからといって離れていい状況ではない。しかしゲルググはまだヒートホークを握っている。ここが勝敗を分ける気がした。敵が武器を替える前に一太刀浴びせる。アーサーのプランが固まりかける。
今までになく機体を振り回している。常軌を逸した加減速がアーサーの頭を抑え付けていた。思考が鈍い。Gで体中が痛い。敵はフェイントばかりで仕掛けてこないが引っかからずに対処できている。思考が鈍っているからか。だとしたら、高速接近戦なんて案外単純なものかもしれない。余裕のない頭は馬鹿な考えに引っ張られていた。
クェイカー・モウィン大尉は攻撃に踏み切れない。ゲルググ・ペルートの右アームが不具合を起こしている。カウンターを喰らった際に肘関節やマニュピュレーターの基部をやられたようだ。武器の持ち替えが出来ない。ビームナギナタが出せなくなった。
ヒートホークはまだ使える。機体ごと捻って遠心力を加えれば破壊力は得られよう。しかしこう張り付かれては思ったように動けない。チャンスは何度かあった。フェイントを混ぜて本命を叩きこむも、アームの不具合でジムに届かず未だ仕留めきれない。
サイコミュ・モデレートシステムを介して少女の指示が届く。敵パイロットの射撃寸前、なんとか躱せていた。システムのデメリットとしてモデレーターと自分の思考が並列するため集中できない。頭を空っぽにすれば済む話だが、それが出来る状況ではない。
――ですが、あちらも攻め手がないようですねえ。
この距離で撃たない、弾切れか。息のかかる距離でマガジンチェンジなど不可能だ。腕を下げればそこから突っ込んでヒートホークを押し当てられよう。
機体が接触しそうな高速並走にも関わらず、敵は隙を晒さない。異常な高機動戦に対応している。パイロットは何者だ。クェイカー大尉は己を追い詰める敵に興味を抱いた。
フェイントの初動から思い切って踏み込む。胴体を左腕シールドで隠しながら右腕を前に突き出し、ヒートホークを無理やり押し当てに突っ込んだ。赤熱した刃がジムのシールドに食い込む。溶断するまでの僅かな時間、身動きが取れなくなるがそれは相手も同じこと。シールドを手放さない限り状況は変わらない。シールドを手放せばマガジンチェンジは可能だろう。ひとたび離れれば接近戦に付き合う理由は消える。
接近戦にこだわる場合、ビームサーベルを抜くためマシンガンを捨てるか、シールドを手放すしかない。こいつは躊躇なく捨てる奴だ。だが揺さぶってやればどうだろうか。ルイーズのモデレートに頼るまでもなく敵の思考は単純、反射と経験則だ。口論と高機動戦闘、同時にこなせる器ではない。
カウンターを喰らって冷静さを欠いたクェイカー大尉は、決めつけるように相手を値踏みして、自信を取り戻そうとしていた。
「初めまして! あなた すばらしいですねぇ。
「殺されかけたのは生まれて初めてですよ!
「よろしければお名前を伺えませんか?」
「人に 名前を聞きたきゃ っ! 自分から名乗れ!」
それはそうだ。名乗っていなかった。おかしくなって笑いが漏れる。一度笑い始めるともう止まらなかった。
「はははっ!はっは!
「わたくしは……突撃機動軍ニュータイプ・インキュベーションユニット隊長、クェイカー・モウィン大尉と申します。
「さあ! あなたは?」
二機は同時に飛びのいた。ジム・ピオニアはシールドを溶断され、ゲルググ・ペルートはヒートホークの刃を使いつぶした。
うるさい。ジオン残党はよく喋る、鬱陶しいことこの上ない。シールドが溶断される直前に飛びのいて、懸架した弾倉を左手マニュピュレーターでひったくるようにもぎ取った。我ながらよくやったと感心する。もう酸欠でひっくり返りそうだ。後退しながらマガジンチェンジをオートマチックに任せる内、思考があらぬ方向に走っていく。酸欠のせいで頭が鈍い。
――馬鹿か?敵のことなんぞ知ってどうする。
――太古のサムライソルジャーが、そんなこと……してたっけ……。
――父と……映画だったな……名乗れば、気が済むのか?……それなら
「月軌道艦隊所属、ケセンマMS隊隊長 アーサー・ドーラン少尉だ! 気が済んだか!」
「アーサー・ドーラン少尉……………………っ!
「ああ、あなた!ライフセーバーでしたか!! はははっはははははははは!」
信じられない。よもやプロバガンダフィルムの映像が真実だとは。宇宙要塞ア・バオア・クーで公国軍MSを沈めに沈め、逃げ戻る連邦軍を救って回った救世主。推進剤を切らし這う這うの体で流れ着いた僚機を助けた様から、プロバガンダフィルムのタイトルを取って、付いたあだ名がライフセーバー。頭から突っ込んでいく突撃戦法が、顔を上げて泳ぐライフセーバーの姿に見えるとして市民の間に定着していた。
嘘八百だと疑わずにいたが、事実はときとして想像を上回る。まさしく突撃格闘戦の名手。フィルムの通りだった。
「お手合わせできて光栄ですライフセーバー!さあ、決着をつけましょう」
「うるさい!とっとと沈め」
一転して両者の距離が離れていく。シールドを失った分アーサーが不利。だがゲルググのビームライフルが相手ではシールドなど意味をなさない。右手にマシンガン、左手にビームサーベル。ア・バオア・クーでもやった戦法、MSの格闘戦ではよくある話だ。
防御なし上等、当たらなければ良いだけ。敵が自分に固執したことを自覚できないほど追い詰められた頭で、当初の想定通りゲルググの足止めにかかる。
クェイカー・モウィン大尉は喜びに、アーサー・ドーラン少尉は酸欠から、お互い眼前の敵しか眼中にない。他の全てが意識の外。激しい敵意と情熱が、血走った目で見つめあった。
岩礁回廊 岩礁帯
マリアンナ・ジーノ曹長は狙撃モードのインターフェースにゲルググを捉えようとしていた。狙撃アタッチメントを装着したビームライフルは“RGM-79SP ジム・スナイパーⅡ”のロング・レンジ・ビームライフルに匹敵する力がある。照射型に比べて威力は劣るが冷却装置を必要としない分戦場を選ばない。
地上軍の提唱する機動狙撃戦は宇宙でも有効であった。機動力の高いスナイパーはこれからのMS戦に欠かせない存在だ。アナハイム・エレクトロニクス社のシステムウェポン構想は、戦場・作戦に合わせて汎用性と専門性を両立する装備なのだろう。
しかし二機の距離が近すぎて肝心の狙撃に踏み切れない。二機が並走を始めてからまもなく一分。隊長はマモル曹長を助け一騎打ちまで演じている。推進剤はもつだろうか。
ムサイ艦を先に叩きたい所だが、ゲルググを撃墜せねば艦が危険だ。あれは危ない、逃げろと心が告げている。たまにこういうことがある。自分の中に別の声が響く感覚。もう一人の自分が発する警告。他人に言えば脳神経内科の受診を勧められるだろう。彼女の抱える悩みの種だが、体質というか癖のような、とにかく普段はそんなもの。
だが戦場となると話が違った。鬱陶しいのだ。感情とも理性とも異なる結論へ導こうとする声は、マリアンナ曹長を危険に陥れもすれば、窮地を脱する助けにもなった。ア・バオア・クー攻略戦、星一号作戦と呼ばれた戦いからずっと……。
初めは小さな耳鳴りだった。三年をかけて、意味を伴って聞こえてきた。聞き覚えのある声の予兆。今も鳴っている。ラ…… ラ…… ラ……
――見られている。
誰に?どこから?分らない。だがマリアンナ曹長は思う。
――この子、女の子だ。
回廊内 サラミス改級巡洋艦 ケセンマ
アソーカ・エンライト艦長がケセンマを回廊へ突入させる。ヤスコ・キッシンジャー曹長とホス・シャークス少尉を収容するため、艦下側のMSデッキを回廊へ向けて艦体を盾にしながら前進している。回廊対岸への投影面積が最大になる危険極まりない恰好で、一秒を惜しんで収容を完了した。
ヤスコ機は推進剤の補充と冷却を終え、再出撃まで秒読みに入っている。対してホス少尉のジム・ピオニアは損傷が大きい。ホス少尉は負傷しているようだが予備機で出ると言ってきかない。控えのパイロットがいないケセンマで負傷退場など出来るわけがないと、大きな地声で機付長を説得している様子は艦内通信でエンライト艦長にも聞こえていた。
「ブリッジよりMSデッキ。シャークス少尉の予備機搭乗を許可する」
「聞こえたな?急いでくれ。データリンクなんざ後回しだ!」
機付長が言うには、ホス少尉収容準備と同時に予備機に火を入れてから三機がデータリンクしっぱなしだという。ヤスコ機のヘッドユニットには著しい温度上昇の跡がみられた。自己診断を信用すれば再出撃は可能だが、様子がおかしい。試験OS関係だろうが僚機から何かを引っ張り出そうとしている。横目に眺めながら予備機にホス少尉のセッティングを流し込んだ。入れたそばからパラメータが書き換えられていく。誰のデータとも一致しない。
なにが起きてるかさっぱり分からんのでデータリンクを切ってスタンドアロンで起動しなおす、と機付長が主張したところでホス少尉が沈痛な面持ちで訴えた。
「俺がモビルポッド相手に下手打ったせいで、マモルが危ない目に合っちまってる。
「俺のせいなんだよ、俺の尻拭いで回廊に……。
「行かせてくれ。 頼む。」
責任を持てない仕事ほど後味の悪いものはない。機付長と整備班長は苦虫を嚙み潰したような顔をして告げた。
「少尉、必ず持ち帰ってください」
「調べなきゃいけない事が山ほど出来ちまいました。傷物にせんでくださいよ」
「恩に着る!!」
セッティングが立ち上がるまでの僅かな時間、ホス少尉はパイロットスーツのエアボンベを付け替えながら軽食を口に放り込み、一分少々でコクピットに飛び込んだ。
「さっきも言いましたが、学習型コンピュータがマニューバープログラム変えちまいました。普段通り動く保証ないっすよ」
「動けばいいさ。 ひょっとして俺に合わせてくれたんじゃねえか?」
「そんな都合のいい話あったら、私ら廃業ですよ」
「はははっ違ぇねえ。 ホス・シャークス出るぜ」
推進剤、弾薬、気合をたらふく詰め込んだジム・ピオニア予備機が、カタパルトから射出される。相変わらずデータリンクが途切れない。先行するヤスコ機から頻繁な呼び出し、自機になんらかの応答を期待しているようだが見当がつかない。
「お前ら、なんの話してんだ?」
防衛線付近 量産型アクト・ザク
ゲルググ・ペルートが常識外れの加速で戻ってきた。左腕のシールドを外し、右前腕ラッチに固定する。右アームが動かないらしい。左手をフリーにしたところで、前進していたアクト・ザクへ通信が入る。
「10秒ちょっと足止めしてください。ここ、抜かれたくありませんねえ?」
見透かされている。当然か。少年たちは大尉を信じていないが、この男に頼るしかない。後退しながらジャイアントガトリングを撃ち放った。
連射速度は毎秒50発。銃身保護のため5秒以上撃てないようトリガーリミッターが設定されている。それでも少年たちが使えばあっという間に弾切れを起こす。対策はいたって単純、冗談みたいに巨大な弾倉を担いでいた。フィールドモーターとマグネットコーティングがもたらすアクト・ザクの高い運動性を犠牲にする、ちぐはぐな武装。
元ペズンの技術者が設計した、ニューアントワープ地下秘密工場製の量産型アクト・ザクだが、乗り手が子供では豚に真珠。サイコミュ・モデレートシステムなしには使いこなせない代物だ。弾幕を張ってくれるだけ感謝しなくては。
生きている左のマニュピュレーター(手部)で使い潰したヒートホークを投げ捨てる。一機を盾に射撃戦もよいが、「ライフセーバー」を墜とすのにビームライフルは使いたくない。
――おっと。また子供じみた真似をするところでした……。
溜息に乗せて執着心を吐き出そうと試みる。ブレーキをかけるように。接近戦に付き合ってやる義理はないのだ。ビームライフルで射貫けばいい。
ゲルググ・ペルートは、ジェネレーターが産出するエネルギーを推力と関節駆動へ傾けており、ビーム兵器の使用に難がある。アクト・ザクの完全再現を諦めたのと同じ理由、つまるところビーム兵器の調整技師に恵まれなかったのだ。いないものは仕方ないと細々やってきた。
だが敵は名うてのパイロット。背に腹は代えられない。ビームライフル使用時のゲルググ・ペルートは、ジェネレーターからの電力配分が偏るためただでさえおかしな推力バランスが崩れてしまう。じゃじゃ馬どころの騒ぎではなくなるが、腹をくくるしかあるまい。
“規格落ち”の少年兵がジムの足を鈍らせた。この隙にビームライフルをドライブする。即始動といかないのが年季もののつらいところ。約10秒……。ドライブまでに再び息を吸い込んで、吸った倍の時間で吐き出す。
人工心肺の機能を活性化する随意コマンド。時間制限付きの、肉体側のリミッター解除だ。医療スタッフが死んでしまってからしばらく使っていなかった。よかった、まだ動いた。
「さあ、仕切り直しです。」
ビームライフルのドライブに成功した。アクト・ザクを盾にしながら、僅かな隙を探る。弾数が少ないため牽制もままならない。墜とされたら後ろの規格落ちも盾にする。三機落ちる間に一発は当たるだろう。
回廊内 ムサイ級巡洋艦ジャスルイズ
ゲルググが後退したのを認めローズウッド艦長はジャスルイズを前進させた。回廊へ大きく踏みこんだ艦は、命を賭けた大博打の構えで主砲を真正面に向けている。
回廊内に味方はいない。ジム、クェイカー隊と艦の間に障害物は無い。都合よく敵母艦まで現れた。ザクⅠは視界良好、デブリ群に隠したミサイルも準備万端。全て焼き払ってくれる。
「主砲全門発射。 続いてミサイル斉射、スナイパーの射線へ敵を追い込め」
ブリッジ構造体から前方下部へ向けて伸びる特徴的な竜骨に、縦に三つ配された二連装のメガ粒子砲が敵艦へ狙いを定める。三連続の一斉発射。すぐさま次弾チャージへ向け冷却と照準誤差補正、出力の微調整が始まる。ひとたび砲戦が始まれば砲術科は目まぐるしく動き続けるのだ。第二射まで敵を自由にさせておくつもりなどない。ミサイルを敵艦の進路めがけ次から次へ発射する。
敵との距離は決して遠くない。ジムの足で数分とかからない距離にいる、近づかれればいっかんの終わり。敢えて艦影を晒して打って出たのは敵の意識をジャスルイズへ向けるため。案の定主砲は外れた。ミサイルに気付いたジムがジャスルイズに迫る。ここだ。全てはこの隙を作るため。ザクⅠの繰り出す次の一手にローズウッド艦長は命を賭けた。
ザクⅠのコクピットで息を殺し、今この時を待ち続けた元学徒兵。モノアイは一機のジムを捉え続けている。同僚を撃墜され、ジオンの誇りを汚された彼の怒りが移動砲台 “スキウレ” の砲口から迸る。モビルアーマーのジェネレーター直結式メガ粒子砲を転用した兵器から、目を焼くほどの光の束が直進していく。
「沈めえ!」
悲哀の涙を散らしながら、メガ粒子が暗闇を切り裂いた。
――第拾二話へ続く