トーマスの敗北 男性育休記12/68
やっと週末が来た。週末といえば、「外出」のカードが切れる。
私はすこぶる元気なのだが、妻がボロボロだ。3-4時間ごとに授乳が必要な新生児の対応、ならびに残念ながらあからさまにママ寄りの2歳児の対応とで妻が参っている。出産のダメージもまだ癒えていないのに、妻がいるとどうしても「ママあそぶの」「パパあっちいって」となってしまうのだ。せめて、2歳児だけでも連れ出して、昼寝でもして欲しいと思っている。
それにしても私はまったく2歳児からお呼びがかからなくなった。ときおり、高いものに手が届かない時は「パパ、だっこしてー」と呼ばれる。初期のロックマンに出てくるサポートする赤い犬ラッシュみたいな、あるいはスーファミのマリオに出てくるヨッシーのような使われ方であるが、呼ばれないよりはいい。ついでに高い高いをする、持ったまま回転する、肩車して疾走するなどのオプションをつけて時間と好感度を稼ごうとするが、そんなパワープレイは体力的な問題で、もって15分である。
なんとかして、妻から2歳児を引き剥がしたい。そんなことを考えながら朝飯に平たいパンケーキを食わせる。
どうも、パンケーキの食いつきもそうだが、機嫌だけでなく体調も悪そうだ。土曜も午前なら近所のクリニックがやっている。「お医者さん行こか」と迫り、今回は注射は無いことを約束の上連れ出す。自分も不調の自覚があるのかなんなのか、意外と素直に従った。着いたら泣いたけど無事済んで薬をもらう。
帰宅して薬を飲ます。さて、外出である。
前回、買い物関連の切り札である「スピードジェット」を使ってしまった。たぶん彼としてもこれ以上欲しいものはないのではないだろうか。さすがにまだスピードジェットに飽きてない上、家には妻もいる。スピードジェットをママと遊ぶ。これを上まわるコンテンツをぶつけないといけない。
「よっしゃ、トーマスタウン、行こか」
「トーマスタウンいく!」
このカードは切りたくなかったが、妻の休養の為には仕方がない。私は電車でそこそこかけて、新三郷のららぽーと内にある、「トーマスタウン」への出征を2歳児に提言して、可決された。
トーマスタウンは恐ろしいところである。
まず、「トーマスコイン」という現地通貨を、1コインあたり150円の高レートで換金しないといけない。
そのうえで、たとえば「トーマスシアタートレイン」というやつに乗る場合、親子それぞれ4トーマスコイン、計8トー(以後、略)が必要で、すなわち日本円にして1,200円である。ものの5分くらいで一周してしまうトーマスまたはパーシーに乗り、途中できかんしゃトーマスのエピソードをプロジェクタ投影で見せられ、「見たことある話だわー(見たこと無い話が、無いのだが)」という感想を親子で抱き、そして帰ってきて、1200円である。
その他、ちょっとしたメリーゴーラウンド的なやつも3トー(450円)、ボールプールとかのあるプレイランドは土日だと20分で4トー(600円)する。すでにこれで2,000円を超えている。
だが、本当のトーマスタウンの恐ろしさはアトラクションではない。ショップである。
そこそこに品揃えの良いトーマスのプラレール各種が「定価で」売っている。
Amazonか家電量販店で買えば1600円とかで買えるものを、2500円とかで買わされるのだ。この屈辱は何物にも代え難い。私の心の中のザブングル加藤が悔しいです!と泣き叫ぶ。
しかし、妻の休養である。
他に彼を、妻から引き離せるカードが見当たらなかったのだ。
「はいじゃあ、トーマスタウン行く人はさすがにベビーカー乗ってくださーい。抱っこしんどいでーす」
「はーい!」
こういうときは素直だ。よしよし。プラレールの1台くらい覚悟したろ。
そう思ったのも束の間、駅まで歩く途中、すんすんと泣き始める。
「ママ、あいたいの」
えっ、さっきまで会ってたじゃん…。
「えっ、どうするの?帰る?トーマスタウンやめる?」
「かえる」
「そ…」
ベビーカーをUターンさせて2秒ほど進むと
「ちがうの!トーマスタウンいくの!」
「そ…」
再びUターンする。2歳児は苦悶の表情をしている。めちゃくちゃ葛藤が見える。
駅の改札に入る前、「じゃ、トーマスタウンに行くでいいね!?」一応もう一回聞いてみる。
「トーマスタウンいく…」
か細い返事だが、まあ、行くなら行くぞ。
改札を抜けてエレベーターのボタンを…
「パパちがうの!!!!!」
突然の絶叫。一緒にエレベーターに並んでいたおばあさんがビクッとする。
「ママとあそぶの!!!」
「えっ、嘘でしょ?かえるの?」
「かえる…わぁぁぁああ!」
号泣である。
駅員さんに、すいませんさっき入ってきたところで、出かけるつもりだったんですけどこの子がやっぱり帰りたい言ってまして、出れますでしょうかと説明して出してもらう。ほんとすみません。
なんだったんだろうかと思うが、1番の被害者はこのあと絶望する妻である。可哀想なので、コンビニスイーツを買って帰った。無力な父を許してくれと思いながら、せめて丁寧に夕食を作った。