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孤独な子育てで見つけられたコト
今から20年以上も前のはなし‥
都心よりも
自然の中で子育てがしたい
夫のたっての希望で
幼い子供たちを連れて
夫が育った町に
移住してきた
自然が豊かで
ご年配の方が多い印象
町の人たちは
移住してきた私たちに
とても優しかった
都会と比べると不便な面もあったが
自然に触れ
人の優しさに触れ
心が洗われるように
気分が良かった
住む家は
夫の両親が購入し
明け渡してくれた一軒家
この辺の家としては珍しく
洋風で可愛らしい建物だ
両親は仕事の関係で県外に出るので
私たち家族が
住まわせてもらうこととなった
私は
こののどかな田舎町で
子育てに奮闘する日々となる
子供は2人
2歳のやんちゃなお兄ちゃんと
生まれたばかりの妹
夫は長距離トラックの運転手で
3、4日に一度しか帰って来ない日々
近所には
私と同世代の人も
同じように子育てをしている人も
一人もいない
足を延ばして公園に行っても
人見知りな私は
友達を作ることが出来ず‥
結果、私たちは
いつも3人でいた
働きに行こうとも思ったが
保育園は
定員オーバーで
預ける事が出来ない
まだスマホが無かった時代
パソコンもガラケーも
持っていなかった私は
外からの
情報を得る事も
人と繋がる事も
難しい状況だった
移住前は
家族や友達がいて
携帯がなくても
不便でもなく
寂しくもなかった
「今日一日
子供以外で喋ったのは‥
お向いのおばあちゃん
一人‥
挨拶しただけだ‥」
そんな日が幾度となく続き
「孤独」というものを
初めて経験することとなる
自然が多い環境で
子育てが出来るのは
ありがたい
でもこんなに毎日
話し相手がいないとなると
さすがに寂しいものだ
この町はとても良い所
けれど
コンビニもない
この静けさが
私にとっては
どこかに閉じ込められている
ようにすら感じられた
どうにかしたいけど
どうしていいか
当時の私には
わからなかった
運転免許を持っていない私は
どこに行くにも
子供たちを連れて歩く
のどかで寂しいのは
この辺の地域だけなのかもしれない
どこまでも歩いたら
町が開けて
賑やかな場所があるのでは
そこに行けば
たくさんの人がいて
私でもきっと
誰かと話をすることが出来るはず
そんなことを考え
家を出た
けれど
どこまで行っても
風景は変わらず‥
それでも
日々の寂しさを
なんとか変えたくて
歩き続けた
もうちょっと歩いたら
誰かと出会えるんじゃないか
もうちょっと行ったら
ママ友が出来るんじゃないか
そんなことを思いながら
上の子をベビーカーに乗せ
下の子をおんぶして
どこまでも、どこまでも歩いた
けれど
どれだけ歩いても
変わらない風景
ママ友どころか
誰もいない
歩いてる人さえもいない
歩いても歩いても
状況が変わることはなかった
さみしくて、さみしくて
歩きながら
涙が出た
どれほど泣いても
何も変わらない
わかってはいるけど
泣かずにはいられなかった
歩きながら大泣きしても
誰も見ていない
誰も歩いていない
誰も話しかけてくれない
誰も助けてはくれない
私はあきらめて
家に帰った
その後
次第に
心に余裕がなくなっていき
気づけば
小さな事で
子供を怒るようになっていく
毎晩
子供の寝顔を見ては
「ごめんね」と
頭を撫でながら
つぶやいた
このままでは
自分はおかしくなってしまう
そう感じてはいたものの
心配をかけたくない
そんな想いから
誰にも相談することは出来なかった
ある日の夜
いつものように
子供の寝顔を見ていた
理想としていた家庭
思い描いていた母親像
今の私とは真逆だった
このままの状態が続いたら
どうなってしまうのだろう
このまま
話し相手が出来なかったら
どうしよう
この子たちに
いつまでも友達が出来なかったら
どうしよう
不安で頭がいっぱいになった
そんな時
なんとなく
子供の心臓に
手をあててみた
何気なくした
このことが
どん底にいた
私の心に
火を灯す
きっかけとなった
小さな体の
小さな心臓が
一生懸命に
ドクンドクンと動いている
私は、ハッとなった
小さいけれど、ここに確かに命がある
毎日一緒にいると
当たり前すぎて
気づかなかったこと
愛おしい命が
ここにあることに
あらためて気付かされた
瞬間だった
「この命を守りたい」
素直にそう思えた
そして
自分の心臓にも手をあててみた
ドクンドクンと動いている
自分が気づいていない時も
私の体は
こうして一生懸命
心臓を動かして
維持してくれている
この体をくれた両親に
改めて感謝の気持ちが湧いた
今がどんな状況でも
私は今
こうして生きている
心臓がちゃんと
動いてくれていて
行動できる体が
ここにある‥
ならば人生は
自分次第で
今後どうとでも
変えていけるのではないか‥ !
孤独な生活で
完全に自分自身を
見失っていた私
やっと目が覚めた
昨日までの私は
◉友達がいない
◉話し相手がいない
◉誰にも相談出来ない
◉誰にも頼れない
◉自分を変えることは出来ない
◉子供を預けられない
◉働きに行けない
◉誰も助けてくれない
「ない」
ばかりで生きてきた
けれど
見方を変えれば
◉かけがえのない、もらえた命がある
◉子供を守れる自分の体がある
◉子供の笑顔がある
◉環境の良い場所がある
◉人々の優しさがある
◉相談出来る場所はある
◉自分を変える方法はある
◉夫の仕事がある
◉家がある
私はその日から
「ない」をやめ
「ある」に目を向けて生きることにした
「ある」に目を向けると
見えてくる景色も
自分自身も
次第に変わっていった
少しずつではあるが
自分から人に
話しかけられるようになり
近所の人とも仲良くなり
公園ではママ友が出来た
殻に閉じこもった
自分の性格を
見つめなおし
勇気を出して
自分をさらけ出し
気持ちを正直に
話すということも
少しずつ
出来るようになり
町の多くの人と
交流し
いろいろな話を聞き
さまざまな体験を
させてもらい
ひとつずつのことに感謝して
日々を過ごせるようになった
そして
いつからか
感謝の言葉が
自然とあふれ出し
頭の中に
文章として
次から次へと
湧き上がってきた
いつしかそれを
イラストと共に
ポストカードに書き留めることが
日課となり
それが私にとって
とても楽しい時間となった
そして数年後
夫と話し合い
私は、二人の子供を引き取り離婚
たくさんの人に助けられながら
何とか駆け抜けた20年だった
子供たちは社会人になり独立
今でも私のことを
支え続けてくれている
大切な宝物
そして
当時、描いていたポストカードが
今では多くの人に届き
「元気になりました」
「救われました」という
お言葉をいただけるようになった
何の取柄もない
殻に閉じこもっていた私が
少しは人の役に立つことが
出来たと思うと
涙が出るほど嬉しい
言葉により
繋がれたご縁
これもまた
私の大切な宝物
感謝ばかりの日々
孤独な経験の中で
見つけることが出来た
大切
心臓に手をあてる
簡単なことだけど
自分を取り戻す
きっかけとなれたこと
同じような境遇の方がいたら
子育てに行き詰まった時
人生に行き詰まった時
大切な人や
ご自身の心臓に
手をあててみてほしいです
そこにある
大切な命に
あらためて気づくと
きっと何かが
見つかると思います(*´꒳`*)
最後までお読みいただき
ありがとうございました🌸🌸🌸