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バンジー備忘録2016②

一生のうちで一回やってみたいと思うことはなにか、ひとに聞いてみたいと思ったことが、備忘録を残すきっかけだった。手始めに、先程会った異業種の友人に問いかけてみたところ、いまそういうことを考える時期でない、考え始めたら精神が崩壊する、という答えが返ってきた。彼の仕事の大変さに思いを馳せつつも、初っ端からそうきたか、と内心面白がってしまった。


日本一の高さ、竜神大吊橋の100mバンジー。別グループと合体し、総勢10名となった私たちは、これも吊り橋効果というのだろうか、ダムを見下ろす不安定な足場でかたまり、めくるめく速さでチームの一体感を育んでいた。次々に飛び降りる仲間を歓声で見送り、歓声で迎える。勇気を称えるハグとハイタッチ。ひとり、靴を脱いで靴下で、後ろ向きに飛んだ猛者がいたけれど、そこまでしないと刺激と認識できないのだろうかと、普段の彼が心配になった。別の男性は、披露宴で流す映像を撮るために飛びにきたという。婚約者の名前を叫んで彼が飛んだ瞬間、チーム全員が色めき立った。

ついに自分の番。両足を固定されているため、スタート位置までうまく移動できず、介添えをしてもらう。つい足元を見たくなるが、決して見ないよう最後まで言われる。確かに、足がすくんで動けなくなる方が後々つらい。時間制限があるため、よくあるテレビ番組のように、飛べずに長時間逡巡する猶予はない。背中から仲間の励ましがきこえる。

カウントダウン。
躊躇なく踏み出したその足が空をきる。文字通り足元が抜ける感覚。天地が反転し、思わず自分で自分を抱きしめる。からだにかかる強い強い重力、息が吸えず声も出せない数秒間。昔、高い石段からアクロバティックに転落したときの、どこまで落ちるかな、死ぬかも、という諦めの感覚がよぎった。
あっという間に身体がバウンドし、落下が終わったことを知る。一回死んだ、でも生きている。何度かバウンドする間に、驚くほど冷静に足のコードを引いていた。無事両足が投げ出され、お腹の位置で釣られる仰向け状態になった。救命具が降ろされ、言われた通りに固定し、引き揚げ体制に入る。安堵感に満たされ、ようやく景色を楽しめるゆとりが出てきた。360度絶景。空は青く高く、太陽は眩しく山の緑を照らす。はるか上に見える橋のたもとでは、観光客らしい人だかりが出来ており、バンジーの様子を眺めている。少しずつ近づいてくる頭上のきれいな青い橋では、仲間が私を待っていてくれる。飛んだひとだけが独り占めできる景色。解放感の中で、めいっぱいの大の字になって大声で叫んだ。もはや少しも怖くなく、最高だった。

これが出来たらジェットコースターは余裕で乗れるだろうと言われるのだが、乗り物には「酔う」という要素が加わるので別物だ。酔うものには乗れない。


一歩踏み出した足が抜けるあの感覚、1年近く経っても忘れられない。あれを飛ぶのに比べたら、大概のことはなんとか出来るような気さえする。もはや禊ともいえるだろう事後の清々しさも、他では味わいにくい。

一生に一回やってみたかったこと。やってみて本当に良かったこと。けれど私にとってはおそらく、一生に一回でいい類のこと。

一緒に飛んでくれた仲間、飛ばないのに車を出してくれ、カメラマンまで引き受けてくれた友人、初めましてだったのに共に濃厚な時間を過ごしてくれた彼ら、こなれたかっこいいスタッフの方々、晴天、素敵な景色を焼き付けてくれた竜神大吊橋。改めて、あの日のすべてに感謝します。ありがとう。

一生のうちで一回、やってみたいことはなんですか?といろんなひとに聞いてみたい。



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