職場野球の楽しみは、戦いの後に山がくる❣
職場同志の試合なら、野球部の経験者なんか、ほとんどない。
みんなキャッチボール程度。
日頃、事務所で上下左右に気を使い、机にかじりついてはデータ入力。書類の山に埋もれて遭難。厄介な電話に腰引ける。
ふだん広いグランドを走り回ることなんてないから、ただグランドに入るだけでも爽快なんだ。声が震えて涙ぐむくらい。
そんな仲間が集まって、グランドで、でっかい声をだす。だれにも注意されない爽快さ。そうさ、グランドじゃ、これが当たり前。
さてと、職場野球を、なんでやるのかって?
やぼな文学的質問。
答えは、「勝つため」なんて言う人は、一人もいない。
プレイが楽しい。それはそうだ。みんな野球そのものが好きなんだもの。相手チームとの交流。これにはこだわらない。
「やっぱり、終わった後の一杯さ。喉ごし生でしょう」
哲学的な答えより、快感優先。
これなら、わかる。
こんなチームに、キャプテン、コーチ、監督なんて、いやしない。試合と後の飲み屋の『幹事』がいるだけ。
「今日の試合のポジションは、打順は」
くじ引きだ。これも幹事の仕事。
女子社員もいたら、当然出番あり。打席に入れば、相手のピッチャー、笑顔で前進。守備陣も三歩前進。
ピッチャーが、優しく下から、そっとボールを投げたりして。
なめてはいけません。
ボールは快音発して、前進守備の遥か頭上を越えて三塁打。
「何者だよう」
相手チームの嘆きの声。
「ソフトボールの選手だってさ」
相手チーム「だまされた」と怒り。
本気モードに、スイッチオン。
熱くなって、打って走って、試合は延長戦、引き分けなんてありえない。
何しろ、互いに日ごろの練習は試合の前日だけ。仕事の都合で、ぷっけ本番の者もあり。かえって、練習しない方が、筋肉痛がなくて結果がいいくらい。
これが草野球のレベル。『職業野球』でなくて『職場野球』
大抵、前日の練習は、異様に盛り上がり、やりすぎるもの。
ピッチャーの私は、肩に力が入って、職場前の駐車場で暴投。女子トイレのガラスを割る。
職場の女子に謝りつつ、初めて女子トイレに入ってガラス拾い。弁償は部費。(これ実話です)
当日は、腰も張って肩も上がらず、サロンパスだらけ。四球連発。草野球で最もキーパーソンはピッチャー。ストライクに入ればエース。ストライクに入らなければ、非難轟々。
「これじゃ試合にならないよ」なんて有様。
草野球のピッチャーに、剛速球なんて関係なし。
山なりでも、ストライクに入ってほっとするのが、責任感のあるピッチャー。変化球は駆け引きで投げるわけじゃはありません。ストレートが乱れて、ストライクを取りやすい球種が、たまたまその変化球というだけ。
私の場合は、シュートボールばっかり。
相手チームの過去のデータ。もちろん頭に入るわけはない。たいてい、そんな記録なんてないもの。キャッチャーのサイン、覚えられるはずもない。首を傾げておしまいさ。
作戦があったとして、実行できる技もなし。事前のミーティングは、打ち上げの居酒屋の確認と会費の徴収だけ。
みんな、試合終了まで、足が吊らないことが目標だ。試合が終わって、ほっとする。
互いに礼。
「ありがとうございました」
これだけは、高校野球に負けない礼儀正しさ。そのまま飲み屋に直行。
時には、打ち上げだけしか参加しない仲間もいる。遅れて居酒屋に来ても、誰もが仕事の都合だと思ってる。デートなんてありえない。騒ぎたい仲間が増えただけ。そいつが、飲み会のヒーローになったりして。
なにしろ、みんな試合の後のビールが目的。試合に負けても悔しくない。勝敗を忘れて盛り上がるのが「反省会」いったい何を反省しているのやら。
ここで、重要なのは『動画』
これだけは、事前に担当者が決まってる。
乾杯してから、みんなの見ている前で動画スタート。
再生のスイッチ、ポン。
これが、一番盛り上がる。
みんなのプレー。自分は野球がうまいと思い込んでいるから、真の姿に唖然とす。
一番バッター、空振りしては、足がもつれて、ひっくり返る。
二番バッター、自分のファールボールが真上に上がり頭にヒット。
三番バッター、バットを振ったらバットが画面の外へ。
四番バッター、ヒット。ファーストからセカンド、盗塁途中で息が切れ、かつての栄光、どこへやら。
五番バッター、二塁打。スライディングしても、二塁ベースのはるか手前でストップ。
守備でサード。簡単なゴロをトンネル開通。股越しに目だけがボールを追いかける。
外野手。フライを気合が入りすぎて前進し過ぎ。頭上をボールはへらへら笑いながら超えていく。ボールは外野をてんてんとし、それこそ運動会のこどし。
名プレーなく、珍プレーのみ。
かくして、歴史的な名勝負は、迷勝負となる。
全員出番があるのだから、動画に盛り上がって、結局は飲みすぎる。
宴会の最後の閉めは、
「幹事。次の試合はいつよ。出張のない日にしてよ」
なんてね。
店を出ては、声のでかい集団が夜の街に繰り出すのみ。
二次会、三次会でも、野球の道具を忘れるものは一人も無し。
これだけは、褒めて、いいのでは?
翌日は筋肉痛より二日酔い。これが職場野球の楽しみさ。