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一週間前の日記|1月29日(水)さざわさぎ

朝起きると、眉間をたこ糸でキュッと縛られて斜め上にあるねむりの世界に引っ張られるようなどんよりした頭痛と、おなかの奥に小さい吐き気がある。きょうは出勤しなければならない仕事があるので、さくさく着がえてちょっとだけ化粧をして(頭が痛いときはしっかり化粧をする気にどうしてもなれない)家を出る。べつに動けないほどではない。しかし職場に着いて上司と立って話していたらめまいで後ろに倒れそうになって、バタバタ外仕事の準備をしながら思わずエレベーターの中で「朝 頭痛 めまい」と検索する。症状を調べると起立性調節障害と出てくるのだけどこれは若い人がなるものだという。めまいは低血糖とか低血圧とかを疑う症状かと思うけど、わたしは食べすぎの高血圧なのでその疑いはなさそう。さいきんこれによくなる。寒いからだと思っていたけど違うんだろうか。出勤してそこから外に出る前に食堂で急いで蕎麦を啜り、この前病院でもらった風邪薬一式を飲む。鎮痛剤も入っていたし風邪もまだ1ミリくらいは残っているしいいでしょと思って。熱い汁ものをたべたら治る頭痛とめまいもあるんだけど今日は治らなかった。

しかしこれだけ体調が悪くても「元気」だ。いま、「元気?」とひとにきかれたらなんの屈託もなく「元気です」と言うことができる。この前会社のエレベーターで初任地のときの後輩に出くわし、とくに喋ることもないのでやっぱり「元気ですか?」ときかれたのだけど一瞬間をおいて自分の心ん中をみて小さく驚きながらわたしは「うん元気ー」と発した。わたしの人生史上初のことだ。これは何か状態の悪いところから回復して元気になったからというより、この歳でやっと「元気」というのがどういう状態なのかわかってきたからであるような気がする。すべてのきもちが晴れないのが、すべてのことが白黒つかないのが当然で、そのなかでも充足感があり身体がどこも過度に痛くないこのことを「元気」というんですよね、こういう気持ちでみんな屈託なく「元気」と言っていたんですね。

仕事。まちで人に声をかける仕事。こう書くと違法なことをしているようにみえるが合法かつ迷惑にならない範囲内でやった。まちで人に声をかけている人はみんな勝手にそう思っているだけだ。並んで立っていた宗教勧誘の人に寒いのにたいへんだねえと労われたり、右翼の街宣車の声が大きすぎて場所を移動したりする。

案外うまくいった仕事をさらには突き詰めないでほどほどのところで切り上げて、家に帰って私物のノートパソコンをひらいてこの日記を打っていたらエンターキーが一瞬ひっかかってうまく押せなくなり、あれ、と思って無理やり押しこんだらなんとか押せて直ったように見えたのだけど、すごい怒ってる人みたいにダァン!と強く押し込まないと反応しないようになってしまったようだった。何度タンタン押してみても直らなくて、いつもの調子で文章を打つことができなくなった。このパソコンは体力がない私がどこでも持ち運べるように軽量に全振りしたいい値段のものを買っていて、パソコンの修理とかってメーカーに直接頼むしかなくてそれはちゃんとした値段をとられることになっていて(あわよくば新しいの買ってほしいからでしょ、プリンターの時に学んだんだから)それって独占禁止法みたいな感じじゃないんですか?ウワ……ダル……と思ってめちゃくちゃ元気がなくなって、悪あがきですき間に息を吹きかけたり思いっきりひっぱったりしていたらなおった。

夜、近所のはじめて入る居酒屋で、間違って存在しないおでんの出汁割をたのんでしまった。美味かった。



この日の日記は当日~翌日にざっくりメモしていたけれど、この一週間仕事で忙殺されてそれをちゃんとした文章にしてアップロードすることができなかった。
それでやっと今日遅れて書いてアップしようと思ったのだけど、たった一週間でもこの日に持っていた感覚は失われて、ディテールを書き込もうとすると一週間後の今日の私の感覚がどうしても出てきてしまう。純粋にこの日の日記を書くのは不可能だった。でもじゃあ、いつまでに書いたら日記は日記たりうるんだろう? その日の終わりや翌日に書くことと一週間後に書くことの違いは? 瞬間瞬間で感覚は失われていく。日の区切りはどれほど意味があるんだろう。

めまいは治らないが、頭痛はあんまりなくなった。まいにち温かいお茶を自分で淹れて飲みながら働けることが本当にありがたいなとさっき給湯室で思えたのでたぶんまだ「元気?」と訊かれてもすぐに「元気です」とこたえられると思う。



さざわさぎ
映像を作ったり文章を書いたりデザインをやったり、常にいろいろ作っている。かわいい服とうさぎとラーメンが好き。蛍光灯が苦手。


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