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書評_あるあるとないないを誰かと話したくなる__傲慢と善良

【書評】あるあるとないないを誰かと話したくなる。『傲慢と善良』
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「あいつが、あいつが家にいるみたい。お願い早く来て、助けてー」と切迫した場面から物語は始まる。何処からどういった切り口でこの書評を纏めるか、に悩むという良い意味で贅沢な小説である。一言の台詞に至る背景や心理描写の精密さが持ち味ともいえる作家・辻村深月。単行本の帯には「圧倒的“恋愛”小説」とある。しかし一口に恋愛小説と言えるのか?“ ”の掛かっている意味は?そんなところを掘り下げるのも面白い読後感だ。

「あいつが家にいるみたい、助けてー」は30代・都内に住む女性真実から婚活アプリで出会った恋人の架に向けての電話である。やがて彼女のその尋常ならぬ状況や、「あいつ」を追って架は様々な人に探偵さながら話を聞きにまわる。推理小説としても頁を捲る速度が早くなる。

一方で「これは傲慢ではないか」「傲慢さと善良さ。」と、幾度となく、タイトルの言葉が文章の中に散りばめられる。少し硬い熟語のこの2つ、天使と悪魔のような反対語のこの形容詞が出没する度に、自ずと読者は内省していることに気づく。自分にもこんなことがあるある、いやナイナイ、と物語を味わうことを超えて自分の内面に問わざるを得ない。そんな意味では人間の身勝手さや、信じたいと思う心など、人と社会を生きていくなかでの心理小説でもある。

他にもジェットコースターのようなエンタメ小説、今の時代を表す社会小説、色々な捉え方ができる。ネタバレするので書けないが、細かいところは読んで確かめてほしい。そして読後登場人物の行動の「あるなし」について、自分ならこうする、など語りあうのも良さそうだ。辻村ワールド、浸かると結構沼かもしれない。



傲慢と善良 (朝日文庫)
作者:辻村 深月
発売日:2022年9月30日
朝日新聞出版

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