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#わたしの不思議体験

天狗を想像していただきたい。
鼻が長く赤い顔。
山伏の格好で一本下駄。

この天狗にわたしは会ったことがある。

お祭りやイベントなどで天狗の格好をした人でもなく
コスプレが趣味の人と偶然、会ったわけでもない。
まぎれもなく天狗がわたしの目の前に現れ、消えていったのだ。

それはおそらく30年ほど前。わたしが10歳ぐらいの頃のお話。

わたしが育った地域に天狗伝説は知る限りない。
妖怪がでるとか、神聖な場所というわけでもない。
そこは、高校がある場所で、改修工事か何かをしていた記憶がある。
いきさつはさっぱり忘れてしまったが、
父の仕事の関係だったのか、とにかく、夜に家族で高校へ行ったのだ。
行ったはいいがそこは反抗期のわたし。一緒に校内には入らず、一人車で待っていることにした。

その高校は標高の低い山の山頂を切り開いた場所に立地していて
辺りは木々に囲まれていた。
真っ暗で静かな夜だった。

夏にはまだ少し早かったのだろう、車の窓は閉めていた。
何をしていたかまでは記憶はないのだけれど
後部座席から窓を眺めていたら何かと目があったのだった。

わたしは少々、多感な子供だったらしく、それまでにもちょくちょく不思議体験はしていた。
だから、暗闇のなかで何かと目があっても、動じない。
いったい何かと思って目を凝らして外を見た。
窓の向こうには未舗装の真っ直ぐな道が伸びていた。
誰もいない。
気のせいか?
目をそらそうとしたら
道の両サイドからモヤモヤと白い霧のような煙りのような何かが出てきた。
何だ何だ?
キョロキョロしていると何かの視線を感じる。
その方向に目を向けると天狗がこちらを覗いていた。
大きな鋭い目と長い鼻。

わたしの実家には天狗の面が飾られているのだけれど
その天狗より、赤く、顔も大きいのが車を覗いている。
何のために?

外に出る勇気はさすがになかった。
目があってるのか見られているのか
まったくわからなかったけれど
しばし、車窓越しに天狗を見ていた。

そこから何が起きたわけではない。

やがて天狗は何事もなかったかのように
背中を向けてまっすぐ道へと消えていった。
立ち込めていた霧らしきものもいつの間にか消えていた。

数分の時間だったのかもしれない。
わたしは呆然と後部座席の背もたれに身を委ねていた。

それからしばらくして父、母、弟が高校から戻ってきた。
この話をしたのかは覚えてはいない。
ただ、それからわたしは天狗を見たと誰かに話してみることがある。
信じてくれない人、信じてくれる人、様々な反応があって
その場の空気が和めばいいかぐらいの感じで話している。

天狗に会ったからといって
何かわたしに特別なことが起きたわけでもない。
あの日、会おうが会わなかろうが
おそらくわたしにはなんの変化もない。

もし、あの日、天狗に連れていかれたらわたしは神隠しにあった子供となるのだろう。
もし、あの日、天狗と何か話していたらわたしは神童とか言われて、今頃、別の人生があったのかもしれない。
けれど、なにもなかった。
ただ、天狗を見ただけ。

数年前に、この高校を訪れたことがある。
舗装されていない道はそのままあった。
ただ、道の先は行き止まりだった。
天狗は何処へ消えたんだろう。

昼間だったからか
再会することはなかった。

あの天狗は一体、何をしに来たのだろう?

謎だけを残して消えていった。
その後もわたしは不思議な体験を何度かするものの
特別、人生が変わるわけでもなく
現れては消えていく彼らとの再会はできずにいる。

またいつの日かどこかで会えるのだろうか。

その日までは頑張って生きてみようと思っている。

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羊
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