英一蝶@サントリー美術館、のち神田古本まつり 2024年11月3日
出光美術館の《物、ものを呼ぶ》展で見て好きになった英一蝶(はなぶさ・いっちょう)の没後300周年展を見に六本木のサントリー美術館へ。
六本木駅の改札手前に駅スタンプがあったからメモ帳に捺していたら、とてもいいものだと思ったのか、外国の若い女の人ふたり連れが後ろに並んだ。
泉屋博古館東京に是害坊絵巻を見に行ったとき以来の六本木。
何と言うか、ガラスが多い街という感想。
六本木ミッドタウン
建物の中に入ったらアートな何かが開催されてた。
ピカピカの吹き抜けのエスカレーターで3階のサントリー美術館へ。
英一蝶(1652-1724)
印象に残った絵を、図録は買わなかったので思い出せる範囲で箇条書き。
・炎が消えてしまわないように、服を脱いでおくみたいに炎を濡れないところに脱いで(?)おいてから滝に打たれている不動明王の絵。
・陽射しが強すぎないようになのか、日傘でガードしてある朝顔の絵。
朝顔のはかなさを慈しむ気持ちを云々、というような説明が書いてあった気がするけど、私はただシンプルに、英一蝶がインスタやってたらこういう写真載せそうだなあという思いで眺めた。
・「老眼で印をさかさまに捺してしまいました」と言い訳が書いてある絵。5月に府中市美術館で見た仙厓の絵にもそういうのあったな、と思い出した。老絵師あるあるなんだろうか。
・鶴に乗って空を飛ぶ仙人が蜘蛛の巣にひっかかって困っている絵。発想は子供みたいにほのぼのしてるのに画力が大人げない、という絶妙なバランス。
・雨宿りしている、身分も職業も様々な人々の絵。
獅子舞の面を頭にかぶっている男の人の、お面はニコニコしてるのに本人はしょぼくれている落差が良い味出してた。ピカソの旅芸人の絵みたいな雰囲気。
自分も遊郭で男芸人をやっていたらしい英一蝶には、芸で生計を立てている人の「舞台の上での顔」と「舞台裏での顔」の落差は実感を持って描ける題材だったのかも。
・長い棒の先に筆をくくりつけて、大きな鳥居の高いところに落書きしようと頑張っている悪ノリ観光客の絵。
観光地で自撮り棒使って迷惑がられてるような人って、江戸時代にもいたんだ、と驚いた。
お気に入りの題材だったらしく、同じ画題で2枚くらい展示されてた。
絵描きとしては、絵の素人が長い棒の先にくくりつけた筆の先を一生懸命操作してどうにかまともな字だか絵だかを描こうとしている試みを観察するのは楽しくてたまらない暇つぶしだったのかもしれない。もしかしたら自分でもやってみたんじゃないかな、と想像した。
・大画面に舞楽を描いた華やかな屏風。
舞楽って、今も残っていると言えば残っているんだけど、やっぱり昔のほうが迫力があったんだろう。そんな昔のド迫力の舞楽を知っている英一蝶が描いたこの絵は、見ていると本当に動き出しそうだった。
この屏風はリバーシブルになっていて、裏面には獅子が描いてあった。愛嬌のある顔で「どうだ!」と凄んでいる獅子たちの可愛らしさを写真に撮れなかったのが残念。(裏面は撮影禁止だった)
図録は2,900円。今月は埴輪も見に行きたいのでとりあえず保留。
蜘蛛の巣にかかってしまった仙人の絵はがき(110円)と、美術館オリジナルのハードカバーノート(1100円)を購入。
美術館に所蔵されている《清水・住吉図蒔絵螺鈿西洋双六盤》(重要文化財)をモチーフにしたとのこと。
せっかくの文化の日なので、電車を乗り継いで神保町に向かった。
神保町古本まつり
昼間の古本まつりには十年以上前に行ったけれど、暗くなってからは初めて。酉の市みたいでワクワクした。
棚を夢中で見ていると、後ろからぶつかられたり、割り込まれたりする。逆にこちらがうっかりぶつかってしまったりもしたけれど、私が謝っても相手の人はどうでもいいというふうにただ無言で目当ての本を探し続けていた。
電車とか美術館でぶつかってくる人は自分本位なだけ(だから自分がぶつかられるとムッとする)だけど、ここの人たちはそうじゃなくて、他人も自分も同じくらいどうでもよくて、ただただ本しか見えていないんだ…と、なんだか感動した。
着いたのが17時過ぎで、まつりは18時まで。
1時間たっぷり歩いて買ったのはこの1冊。びっくりするほどのお得なお値段で買えた。お店の人ありがとう。