佐野乾山発掘記④
第4話、
ーー下野佐野の須藤杜川ら数寄者に招かれ……
ーー佐野伝書とも呼ばれる陶磁製方
掲載写真の陶器の高台裏には、
ーー佐野天明……
などとある。
再度、読み返したが、真贋論争の記述は見当たらない。裏表紙を見る。
発行年は昭和54年。真贋論争事件は確か昭和37年で、事件から17年後に発行の美術書が何故、無視しているのだろう。編集に当たり掲載の必要性がなかったのか、あるいは無視したのか。疑問が沸々と湧き、その不可解さに真贋論争事件の底知れない不気味さも臭う。
監修機関名に文化庁、東京国立博物館など公的機関が含まれている。掲載された記述は適切で、作品は本物のお墨付きを与えたということか。乾山は佐野に来て、作陶し、作品を残したのは事実と美術界では認知されているのか。
記事をまとめるには、乾山の足跡を追い、作品を調べ、真贋論争事件を探る必要がある。どこからどう手を付けたらいいのか。難攻不落の城郭を独りで攻め落とせと命じられているようで、江上は一層、気が遠くなる。
「お茶が入ったよ。立ってないで、こっちに来て読んだら」
江上はその1冊を手にして、長沢の元に戻った。
「どう、その本は仕事に役立ちそう?仕事に使うなら、200円でいいや」
「そりゃ、悪いなあ、買っていくよ。ところで乾山でも、佐野乾山の本とかある?」
「やっぱり佐野乾山か。乾山って言ったから、その話だと思ったんだ」
「知っているの?佐野乾山」
身近な知り合いに援軍を見出したようで、江上は声を上ずらせた。
「そりゃ、隣町のことだもの知ってるさ。それに古本屋は古物商で、うちは美術品も扱うからさ。もっとも佐野乾山は危なくて手を出したことはないけどな」
「じゃあ、昔、真贋論争で大騒ぎになったことは知っているの」
「ああ、新聞やテレビで騒がれたのは覚えてるよ。当時、学生で都内に住んでいたから直接は知らないけどな。リタイア後、この商売を始めたんだが、市場にもそれらしいものが現れるし、仲間内でも話が出たりはする」
「佐野乾山の焼き物が出るの?」
「たまに出てくるんだよ。触手を伸ばす業者がまずいないけどね」
「偽物ってこと」
「まあ、そんな共通認識かな。あんな大騒動になって鑑定が難しいし、競り落としたところで、買い手が見つからないからな」
「誰か、詳しい人を知っている?」
「商売柄、大学教授や学芸員と付き合いがあるけど、佐野乾山については口が重いっていうか、関わりたくないって感じかな。あの事件の後遺症を引きずっているのは確かさ」
話を聞くほど、泥沼にはまり込む感じでおどろおどろしい。取材相手を探すのさえ一筋縄でいきそうもない。江上は口を歪め、溜息を洩らした。
「そういや、面白え本があったな。ちょっと待ってな」
長沢は飲みかけの茶碗を置き、作業机の引き出しを漁り、
「すっかり忘れてた。これだよ、これ」
と、古びた和綴じの薄い冊子を差し出した。
金箔地の題せんに、墨書きで「乾山伝書 丸山本」とある。
「何、この本?」
「足利のある郷土史家の遺産整理を頼まれて、その中に入っていたんだ。まだ調べてないんだが、仕事で乾山を調べなくちゃならないんだろう」
「まあ、そういうことなんだけど……」
「じゃ、代わりに調べてよ。しばらく貸すから」
第5話に続く。