忘れられない旅の思い出~恐怖体験~
2018年、私と夫の共通の趣味は「山歩き」だった。
「登山」というほど本格的なものではない。
日帰りで行ける低山を歩く「遠足」のようなもの。
美しい景色を見たり、山頂でお弁当を食べたりするのが楽しくて、私たちは「山歩き」にハマっていた。
しかし、私はある一点に関してだけ不満があった。
それは人の多さ。
週末に出かけていたから?
アウトドアブームのため?
とにかくどこの山も人が多く、私は混雑に辟易しはじめていた。
混雑していると、以下のような問題がある。
狭い登山道では、自分のペースを守って歩けない
山頂では、座るスペースを探すのに苦労する
自然を楽しめない
「せっかく行くのなら、人が少ない山に行きたいな」と私は思っていた、あの日までは……
山歩きの計画
2018年の夏休み、一泊で温泉旅行に出かける計画を立てた。
一日目は温泉を堪能して、二日目は帰宅する前に「山歩き」を楽しむプランだ。
調べてみると、帰路の途中にちょうど良い場所を見つけた。
山頂の人造湖を一周する10㎞ほどのハイキングコース。
スタート地点には無料駐車場がある。
平坦で整備された道がある。
「帰り道に寄るにはピッタリだね!」
私たちはサイコーの夏休みを期待して、ワクワクしていた。
スタート
当日、湖の駐車場は満車ではないが、8割ほど埋まった状態。
準備を整えて、意気揚々と歩きだす。
曇り空の高原は、秋の始まりの空気。
トンボがたくさん飛んでいて、オレンジ色や薄紫色の可憐な花が咲き、ススキの穂が風にゆれている。
暑くもなく、寒くもなく。
私は清々しい気持ちで、歩みを進める。
整備された歩道がある周遊コースなので、道に迷う心配はない。
鬱蒼とした森を通り抜けたり、開けた場所に出たり、湖に近くなったり遠くなったりしながら、軽快に歩く。
「気持ちがいいね」
「爽やかだね」
と言いながら。
スタート地点には家族連れや釣りをしている人がいたが、今や道を歩いているのは私たちだけだ。
湖を横長のだ円に例えると、コースを1/4ほど進んだところで雲行きが怪しくなってきた。
雲が日射しを遮り、夕方のように薄暗くなる。
葉や草を揺らす風の音だけが大きく聞こえ、ほかに物音はしない。
辺りには人の気配が、まるでない。
雨が降り出しそして……
とうとう、ポツポツと雨が落ちてきた。
空は一面、灰色の雲に覆われている。
徐々に雨が強くなり、私たちはそれぞれ傘をさして進むことにした。
そして、大きな看板を見てしまう。
看板には「警告・野生動物の生息地です!」と書かれていた。
ご丁寧に熊・猿・鹿など動物の絵が添えられている。
やっぱり、この辺にはいるんだ、熊。
足元から、ゾワゾワと恐怖が這いあがってくる。
一歩ずつでも前に進むしかない。
雨が強くなるなか、ゴールを目指して歩き続ける。
そうだ、何か音を出すといいんだった。
うかつなハイカーの私たちには「クマよけの鈴」のような装備はない。
スマホでラジオを流そう!大音量で。
ところが、残念なことにスマホは圏外だった。
黙々と歩いていてはいけない、なにか話そう。
大きい声、出していこーー!
私:あのさ、やっぱり鹿→猿→イノシシ→熊の順かな?
夫:は?なんのこと。
私:遭遇したくない動物よ。さっきの看板にあったでしょ。
夫:『もののけ姫』に出てくるようなイノシシだったら、熊よりイノシシのほうが上位じゃないか?
私:アハハハ確かに、あれは遭遇したくないよね。でもさ、あのイノシシは神様じゃなかったっけ。たたり神様。
夫:・・・
しまった、会話も途切れがちだ。
熊関連以外に、もっと明るいトピックはないものか。
傘をさしていて見通しが悪いうえ、周りは背の高いクマザサのような植物に覆われ視界を遮っている。
そのとき、ふいに、すぐ横の茂みが「ガサッ」と音をたてた。
私:ヒッ!!!(く・く・熊か?!怖い、怖い、怖い)
※あの時の恐怖、心臓がキュッとなった感じ。今も鮮明に覚えている。
夫:ああ、なんだ、鳥か。
心から安堵したようなその一言で、夫も相当にビビっていることに、私は気付てしまう。
ビクビクしながらも、平静を装い歩いていると木道(もくどう)の真ん中に干からびたフンが落ちている。
やっぱり、いる。動物がいる。
熊か?熊のフンなのか?
もしこのまま帰れなかったら、誰か探してくれるだろうか?
ここに来ること、誰かに話したっけ?
このままいなくなったら、みんな心配するだろうな。
いずれ私たちも、あのような姿に……?
いや、それだけは嫌!絶対に嫌!
恐怖と妄想が頭の中をグルグルと駆け巡る。
ザーーーザーーー雨の音、風の音だけしか聞こえない。
人がいないって、こんなに心細いんだ。
自然の中では、人間って小さいな。
ふいに(警戒していても、いつもふいにやってくる)生臭いような、獣臭いようなにおいを感じる。
風が「くさい!」と思った瞬間、臭いが消えた。
近くにいる、風上になにか獣がいる……。
膝の力が抜けそうな恐怖と闘いながら、立ち止まらず歩き続けた。
旅のおわり
やっとの思いで、スタート地点の駐車場まで戻った。
雨はすでに「豪雨」と呼べるような降り方になっている。
駐車場には私たちの乗ってきた車だけが、ポツンと残っていた。
もう何年も前のことなのに、この旅を思い出すとドキドキします。
いくつかの場面が、今でも鮮明に蘇ります。
今は山歩きをすることもなくなりました。
(この経験が原因ではありません)
「人が少ない山を歩きたい」と、安易に考えていた私。
この旅で、野生の動物が住む自然のなかに、軽い気持ちで立ち入るべきではないと思い知りました。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
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