いっ君
いっ君は僕たちみんなの憧れだった。四つ上のお兄さん。格好良くて、中井貴一に似ていた気がする。ロボダッチの宝島を持っていて、その上空気銃まで持っている。立派なベッドに寝ているし、家に入ると良い匂いがする。
ロボダッチで遊ぶと、あの時の公園の裏に広がっていた空間を思い出してワクワクした。僕も欲しかったけれど、高かったのだろう、買ってもらえなかった。
僕たちの住んでいたブロックの突き当たり、道路の向こう側に二階建てのアパートがあった。ある日誰かが、そのアパートの三角屋根の庇の下に足長蜂の巣ができているのを見つけた。
いっ君は、自慢の空気銃でその巣を撃つと言った。
憧れのいっ君の偉大なる行いの証人となるべく僕とあっちゃんと、これまた近所に住んでいる同い年のヨウ君は、ぞろぞろといっ君に着いていった。
人がいる所で空気銃を撃つなど、やっていいことではない。大人にバレたら絶対に怒られる。だが、蜂の巣という脅威は排除しなければならない。
一発だけだ。とにかく一発撃ったら、すぐにその場から逃げなければならない。
いっ君は明らかに緊張していた。銃を構えるものの、なかなか引き金は引かない。いや、引けないのだ。構えては、ちょっと待って、と言って大きく息を吸って吐く。それを何度も繰り返す。僕たちは小さき者たちは、固唾を呑んでそれを見守った。
蜂の巣は遥か頭上にある。たかだか二階建てのアパートの屋根の下、今思えば大した高さではなかっただろう。だが、子供の僕には、決して手が届かない程に遠く見えた。
狙いはなかなか定まらない。ようやく撃つかと思われると、通行人がやってくる。銃を隠すべく四人で固まる。そんなことをどれくらい繰り返していただろう。
「次こそ撃つよ」
幼い僕たちの集中力はあまり長続きしない。そんな僕らの気配を察したのだろう、いっ君は宣言した。僕たちは息を呑んでその瞬間を待つ。
パン!
乾いた音がした。
音を聞いてすぐにいっ君が駆け出した。
僕たちも慌てて彼を追った。振り返る間際、巣から一匹、蜂が飛び出してくるのが見えた気がした。
足の速い、いっ君に置いていかれまいと、小さき者三人は必死に走った。
弾は当たったのか、それからどうしたのかは覚えていない。ただ、それから何度かいっ君に空気中を撃ってくれと頼んだが、弾がないとかなんとか言われて、二度と撃ってくれることはなかった。
撃つのはダメだとしてもせめて触らせてくれと頼んだが、小さな子には危ないから、そう言って触らせてもくれなくなってしまった。
きっと撃ったのがバレて怒られたのだろう。
あの時の憧れの気持ち。いっ君は、誰よりも僕たちのヒーローだった。