福山・山野の藍染とワインでのツーリズムと地域観光を考えるツアー(福山プロジェクトを巡る旅|ツアーレポート〈前編〉)
2024年1月26日(金)〜27日(土)の2日間、広島県福山市の里山・山野(やまの)と、港町・鞆の浦(とものうら)の2つの地域を舞台に、「鞆の浦・山野のプロジェクトを巡る旅」が開催されました。
この旅を企画したのは、全国で人と食のつながりを味わう「ひと旅のごちそう」などのローカルプロジェクトを主宰している福山市出身の藤本和志さん。きっかけは、自身が登壇したイベント「ゼロから学ぶローカルプロジェクトの始め方」(2023年12月、東京開催)でした。
備後圏域でローカルプロジェクトに関わることを目的としたこのイベントで、「実際に地域に訪れて、そこで起こっていることを見聞きしてほしい」という想いを抱いた藤本さんは、すぐさま当ツアーを発起。そして旅には東京、神奈川、京都、大阪、島根、福岡など全国各地から参加者が集い、藤本さんアテンドのもと、山野と鞆の浦を巡り巡る充実の2日間となりました。
今回は、島根から旅に参加したHisako Onoさんと、尾道から参加したライター・安藤が、1泊2日の旅の様子をそれぞれお届けします。
日本各地から福山へ。さまざまな人たちが集まる旅のはじまり
早朝6時。山陰地方に住む私は、ここ数日降り続いている大雪の影響で電車が止まっていないかと気にしながら駅に向かいました。幸い電車は動いており、山あいの線路を福山へ向かうこと約3時間半。しんしんと雪が降り続く水墨画のような景色が、福山に近づくにつれて段々と色を帯びてきて「山陽に来たんだなあ」と実感が湧いてきました。
福山駅に着くと、すでにほかのメンバーが到着していました。聞くと大阪、滋賀、福岡、そして東京と日本各地から参加されているそうで、職業も目的もさまざま。ある方は移住候補地として、ある方は学生で研究対象として、またある方はビジネスの視察で。同じものを見ても、捉え方はそれぞれ違うんだろうなあ、と、旅が始まる前からわくわくしてきました。
福山駅からいざ、山野町へ
目的地の山野町まで約40分。福山市の中心部から離れると、少しずつ山や河原などの風景が目に入ってきます。
民家も減り、しばらく行くと長いトンネルが。「ここを抜けたら、もう山野町ですよ」。トンネルを抜けると一気に様子が変わりました。山頂から降りてくる神聖な空気、そして道沿いの樹々の存在をぐっと近くに感じ、まさに山に抱かれた場所、という印象。
そのまま山道を進み、開けた場所に建っているのが「藍屋テロワール」。「染め」だけではなく、藍の栽培から染料となる蒅(すくも)づくりまで一貫生産している、希少な作り手さんです。
藍屋テロワールが教えてくれる、目に見えないものへの畏れと感謝の気持ちの大切さ
早速、代表の藤井健太さんから話を伺います。土づくりから始まり、種まき、収穫、それから蒅(すくも)を作るのに約1年。それだけかかって、やっと藍染めの準備ができるのだそう。それだけ長い時間かかるのか、とため息が出ます。
藍屋テロワールさんの藍染めは「天然灰汁発酵建て」という、化学薬品をいっさい使わない日本の伝統的な藍染法。「だから毎日、微生物のご機嫌取りをしないといけないんですよ。微生物は何も言ってくれないので、五感を使って様子をみます。お腹が空いてそうだなと思ったら『ふすま』というごはんを与えるし、働かせすぎると疲れるので休ませたり」。
日々手をかけていても、ある日突然、微生物が死んでしまうことも。「もう藍神さまに祈るしかないんです」と藤井さん。蒅を寝かせている室には、榊が祀ってあります。自分達の力だけではどうにもならないことがある。目には見えないものを尊ぶ心と、感謝の気持ちを持ってものづくりをしている藤井さんたちの意識の深さを学びました。
「テロワール」の意味についても伺いました。もともとはワイン用語で、その土地が持つ特徴や性格のこと。栽培方法へのこだわりももちろんですが、加えて、その土地に根付いてきた歴史や文化、これまで人々が紡いできた暮らしやものづくりへの意識も含んでいるそうです。
藤井さんが山野を選んだのも、畑と水が豊富にあることから。福山市自体が有数のデニムの産地でもあり、人々が長い間身につけてきた藍染めの文化が暮らしに根付いています。それに先述したような、藤井さんたち作り手の、ものづくりへの意識が重なります。
藍屋テロワールではデニムやパーカー、ソックスなどオリジナルプロダクトの販売も行っています。「山野のテロワールが、それを身に着ける人の暮らしや意識と重なる。それこそが、ほかにないものになってきます。『その人にしか出せないテロワール』をぜひ楽しんでほしい」。
今後は、プロダクトを展示・販売するショップもオープンする予定だそうです。またひとつ、山野に「再旅」する目的ができました。
藍の畑を案内していただいた後は、岩穴の中に鎮座する「岩屋権現」を案内してもらいました。山野の神聖な空気はここから発せられているのではと思うほど、空気の違いを感じます。下道国造兄彦命という吉備の国造りをした神様を祀る珍しい神社で、福山藩主が直々に参っていたという由緒ある神社だそうです。心が洗われる場所でした。
小さなワイナリーながらファンは全国に。広島サミットでも提供されたワインの故郷・山野峡大田ワイナリーへ
清々しい気持ちのまま、山野峡大田ワイナリーへ。山野峡大田ワイナリーの代表を務める大田祐介さんは小さい頃、山野峡でのキャンプがとても楽しく思い出に残っていたそうです。しかし大人になって改めて山野を訪れたところ、空き家や耕作放棄地が増えていてとても寂しく思ったのだとか。なんとかしたい、という思いと、ご自身がぶどう好きだったこともあり、ワイナリー事業を通じた地域おこしができないか?と思いつきました。
ワイナリー醸造責任者の峯松浩道さん。食品製造の仕事をしていましたが、東日本大震災のボランティア活動に参加したことがきっかけで「地域に関わる活動をしたい」と、思い切って転職。
「今日みなさんがいらっしゃると聞いて、とってもわくわくしたんです!山野にはレストランがないから、どうやってお昼を楽しんでもらえるかなって、スタッフのみんなと考えたんですよ」まっすぐな笑顔で話す峯松さんに、山野に訪れる人はみんな癒されてるんだろうなと感じます。
ぶどう畑を案内してもらった後、普段は絶対に入れない醸造所の中を見学させていただきました。
ワイナリー創設時の頃の話も伺いました。最初は地域の方からネガティブな声もあがりましたが、徐々に理解を得ていったのだそうです。「地域のためにもっとできることはないかと考えるようになりました」と峯松さん。地域を強くするワインを造りたい、そのためには地域のコミュニティづくりも必要だと考えたそうです。
醸造所の横には「日曜朝市」と書かれた看板が。ここは地域の交流の場になっているそうです。「自身で作った作物を置いてもいいし、ちょっと休憩して帰ってもいい。よくある観光客向けのワイナリーじゃなく、地域の人こそ気軽に立ち寄り楽しめる場所にしたかったんです」と峯松さんは笑顔をにじませます。
もうひとつ、地域をつないでいるのが「山野峡からのお便りワイン」という見せ方。ワインのラベルは猿をモチーフにし、切手を模したデザインです。裏には、手紙のような文章が。「山野はよく猿が現れて、ぶどうを狙うんです。山野ならではのイメージを伝えたかったのと、山野の郵便局は季節の節目、遠方に住む子どもや孫たちに贈り物を送る人たちでいっぱいになります。それを見て思いつきました」。
自分達の力だけではどうにもならないことがある。目には見えないものを尊ぶ心と、感謝の気持ちを持ってものづくりをしている藤井さんたちの意識の深さを学びました。
山野峡大田ワイナリーが造っているのはワインだけではありません。「福山は鉄鋼の町なので、ワインを飲む文化がないんですよ。ここにくる交通手段も車がほとんどです」。さらに見学に来てくれる小学生のためにも、気軽に飲めるぶどうジュースを作ったのだそうです。私はお酒を飲まなかったのでジュースだけいただきましたが、香りがとても豊か。家にいるお母さんに香りだけでも持ち帰りたいと、飲み終わったコップを持ち帰る小学生もいるほどなんだそうです。
山野の旅の振り返って
半日という短い時間でしたが、とても全ては書ききれないほどの濃い旅。ここで、藍屋テロワールの藤井さんと山野峡大田ワイナリーの峯松さんを交え、振り返りのワークショップを行いました。
藤井さんと峯松さんは同世代ということで、日頃からいろいろなことを話し合い、危機感も希望も共有しています。「山野町は毎年1割、人口が減っていっています。10年後を考えると恐ろしいですよね」「いきなり移住というのはハードルが高いので、その前の段階で人が呼べる仕掛けを模索してるんです」。
また、山野峡大田ワイナリーは“泊まれるワイナリー”でもあります。「オリンピックのときにはモンゴルの代表選手がトレーニングで訪れてくれました。長期滞在してくれる方や、ワイナリーをこれから設立したいと考えている方がショートステイで学べるプログラムもできたらいいなと思っています」。
参加者のみなさんからもさまざまな感想とアイデアが出てきました。旅が好きでいろいろな場所に出掛けている方からは「外から来る人に、どんな関わり方をしてほしいか?」という質問も。それに対し、「栽培の過程で人手が必要な時は定期的にあります。そのときに来てもらえると実際に体験もできて良いかもしれない」と藤井さんと峯松さん。
ほかにも「観光では福山中心部に泊まる人が多いけれど、逆に山野に泊まって、中心部の方へ出掛けていくツーリズムも面白い」「面白いことをやってる“人”に会いたくて関わり続けるから、もっと“人”にフォーカスした見せ方をしてもいいのでは」などの意見も。職業や目的が違う参加者同士だからこそ、見る視点がそれぞれ違っているんだろうな、こうやって異色なものが混ざり合って何かが生まれるんだろうな、と感じた瞬間でした。
私はこの山野の風景を何もせずにただ味わう、というツーリズムもいいなと思いました。昔の人が薪を取るために山に植えたという広葉樹。その樹々が冬になると山の輪郭を白く幻想的に縁取っています。この雄大な景色の中、目に入ってくるぶどうや藍の畑を眺め、藤井さんや峯松さん始めここに暮らす人々や作り手さんの様子を思い浮かべながら散歩する。スマホで簡単に大量の情報が手に入る時代に、今、目の前に映るものだけ、土地の匂いや空気、音を五感を使って存分に味わう。とても贅沢な時間なのではないかと思いました。
後編の「鞆の浦プロジェクトを巡る旅」につづく
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