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地域のお世話おじさん兼理容師。みんな大好き加藤さん。

「ひとすじ」は、”50年以上ひとつの仕事を続けている”方々を、フィルムカメラを用いて写真におさめるプロジェクト。
個人が自由に仕事を選べるようになり、転職や職種転換も当たり前になった現代だからこそ、その人々の生きざまはよりシンプルに、そしてクリエイティブにうつります。
このnoteでは、撮影とともに行ったインタビューを記事にしてお届けします。

茅ヶ崎駅南口を左に出て、辻堂方面に真っ直ぐ伸びる通り「桜道」。そのちょうど真ん中あたり、レトロな赤い屋根が目を引く「加藤理容室」。

店主の加藤さんとは、加藤理容室の斜め前にある中華料理店「ますや」で出会った。ますやは屋号をそのままに、全く違う経営者たちによって受け継がれる中華屋なのだが、現在店を営む4代目は私の友人で、私もよくこの店を訪れる。

私と同世代(20代後半)の仲間たちでやっているこの中華屋に、ほぼ毎日のように様子を見に来るのが、加藤さんだった。ラーメンを食べに来るのはもちろんのこと、毎朝紅茶を飲みに来たり、店の不具合を直しに来たり、、、とにかくますやを気にかける優しい加藤さんのことが、客である私たちも大好きなのである。

いつしか自分のおじいちゃんのような、それでいて友達のような、なんとも言えない親しみやすさを加藤さんに覚え、今回私はこの企画を利用し、茅ヶ崎の仲間たちを代表して(?)話を聞かせてもらうことに。「みんな大好き加藤さん」の人生物語。
今回は友達のような距離感の取材内容をそのままの空気感でお届けします。

桜道沿いにある「加藤理容室」

親父の背中を見て育った

ー 加藤さんは、そもそもどうして理容師になろうと思ったの?
加藤さん:親がやってたから。親父が(茅ヶ崎駅の)南口の駅前で理容師やってて。

ー お父さんに継いでって言われたの?
加藤さん:いやいや、そんなことは言わない。でも結果的に、5人兄弟のうち俺含めて4人理容師になったね。一番上の兄貴が親父の店を継いで、他の兄弟がみんな支店を出したんだよ。俺は5店舗目としてここに出したんだけど、静かなところがよかったから駅から少し離れたところにしたの。

ー ということは、小さい頃からお父さんをみて理容師さんになろうとしてたってこと?
加藤さん:いや、俺は元々政治家になりたかったの。

ー え!政治家!?
加藤さん:うん。ていうのも、親父は床屋で政治家ではないんだけど、人の面倒を見るのが好きで、知り合いがたくさんいて、毎日とにかくたくさんの人がうちに来てたの。河野太郎さんとか、その世代の政治家さんや役所の人たちとの繋がりなんかもあったりして。他にも、茅ヶ崎の組合長、野球協会の会長、海の家の経営とか色んなことやってて。
そういう親父の姿をみて、政治家っていう仕事が面白いんじゃないかって思った。

ー 確かに、加藤さんも今商店会長やってたり、色んな人の面倒をみたり、通ずるところがある!
加藤さん:そう。だけど、俺はあんまり勉強好きじゃなかったし、頭良くなかったから、政治家は諦めた(笑)。
でも、俺も色んな人の面倒を見るのは好きだね。来月も、近所の中学校の生徒を職業体験で受け入れるけど、それも楽しみ。

ー 色んな人の面倒を見るのはお父さん譲りだったんだ(笑)。
加藤さん:完全にこの人格は親父の影響だろうね。子育てっていうのは、やっぱ親の背中を見て子供が育つんだなあと思うね。
あと、親父は特に店で働いてた従業員さんをとっても大事にしてて、何人もそこから独立した人がいたから、茅ヶ崎の多くの理容室には、親父の息のかかった職人がいたと思うよ(笑)。

ー すごい、偉大な人だったんだ。加藤さんも、いずれはここのお店を誰かに継いで欲しい?
加藤さん:息子と娘がいるけど、息子は亡くなっちゃって娘は別の仕事をしてるから、本当に誰かここを継いでくれる人がいねえかなあっていっつも思ってる。一応理容学校の先生になる資格も持ってて、これまでもここで3人くらい教えたけど、今のところ継ぐって言ってくれてる人いないからさあ。誰かいないの?(笑)

病気と付き合いながら理容師を続けて

ー加藤さんが一番、この仕事が楽しいと感じる瞬間は?
加藤さん:満足いく仕事ができた時だね。

ー それはお客さんの反応?自分の手応え?
加藤さん:もちろん、お客さんに喜んでもらわなかったら意味ないし、お客さんに「ありがとう」と言って帰ってもらうことが一番大事ではあるんだけど、自分で納得のできない仕事っていうのは、お客さんも薄々感じるんだろうなと思う。これは、職人としてのプライドもあるし、お金をもらう商売としてのプライドもある。

ー 格好良い!逆に、加藤さんは理容師を辞めようと思ったことはあるの?
加藤さん:あるよ。10年くらい前。「動作時振戦」っていう病気になっちゃって。それこそ、職人としてのプライドがズタボロになったね。

ー え!どんな病気...?
加藤さん:俺の場合は、髪切るときにハサミを持つと、少し手が振るえちゃうの。
作家さんが、ペンを持つと振えちゃうって人いるでしょ?それと同じ。
緊張とか、そういう色んな要因があるらしいんだけど、今更緊張っていうのも変な話だし不思議で。ちゃんとした原因がわかんないのが一番辛いね。

ー 急に症状が出始めた...?
加藤さん:うん、ほんとに急に。そのときやってたお客さんは、鮮明に覚えてる。
夏の暑い時期で。切ってたら手がいきなりがーっと震え出して、「なんなんだこれは」と思ってた。暑いから脱水かな?と思って、水飲んだりなんなりしても全然治らなくて。
「今日お金はいいから、襟だけつけるから帰ってくれ」って帰ってもらった。

ー日常生活では全く震えはないのに?
加藤さん:全くない。ハサミを持つ時だけ。

ー それはきついね...今は症状とうまく付き合いながらやってるの?
加藤さん:そうそう。発作を抑える薬飲みながらやってる。それ飲めばなんとかできる状態。
本当に色んな病院を回ったけど、治してくれるお医者さんは見つかんなくて。緩和してる感じ。
あとはお客さんにも、この症状を説明してて、納得してくれた方にしかやらないようにしてる。そうじゃないと、お客さんにも迷惑かけて良い商売になっていかないでしょ?
だから今は、ほとんど新規のお客さんも取ってない。分かってくれるお客さんを相手に楽しみながらやっていけば良い、という段階。

ーなるほど...
加藤さん:本当に、できないってのが何よりきつくて、一時はうつ病みたいな感じになっちゃってた。
俺は、あと10年働いて1,000万くらい稼ごうと思ってるから、この病気を治してくれる先生がいたら、そのお金全部渡しても良いくらいだよ(笑)。

お客さんは、加藤さんに会いにくる

ー 新規のお客さんを取らずに、病気のことを説明しても、それでも通い続けるお客さんがいるっていうのは、本当にすごいことだね。
加藤さん:ありがたいことに、今も大体月に60人前後のお客さんが通ってくれてる。
一番長いお客さんだと、この店に来る前からの付き合いの人もいるね。その人とはしょっちゅう電話でも話すしね。

ー お客さんも50年以上だ...!
加藤さん:そうだね。うちのお客さんは基本みんな長いの。
昨日も「田舎に帰るからちょっと綺麗にして。これがお墓参り最後になると思うから」って来てくれた88歳の人とか。そういう人がすごく多いのよ。

ー そのお客さんたちは、どうして他の店に行かずにここに通い続けるんだと思う?
加藤さん:それは稲葉さん(※)に聞かないと(笑)

※稲葉さんも「ますや」で出会った常連さんで、加藤さんに髪を切ってもらっている。この日は理髪ではなく、加藤さんとお話しに来ていたらしく、ハイボール片手に取材を聞いていた(笑)

稲葉さん:僕はますやで加藤さんと出会ったから最近になってからの客だけどね。
「今度切ってください」ってお願いしたら、病気の事情のことを聞いて。
まあとりあえずやってもらったら、自分の思うように切ってくれて。だから、病気のことも気にならないし、月一回はお願いしてる。
あとはやっぱりもう本当にこの人柄だよね。みんなここにくる人は「加藤さんに会いたい」って来るもんね。

ー 確かに。さすがだなあ(笑)理容師さんは切る技術だけじゃなくて、「お客さんにどう快適に過ごしてもらうか」という気配りも大事そうだもんなあ。
加藤さん:そうそう。
「この人は髪切ってるときあんまり話しかけられたく無いんだな」というのは、ちゃんと察知して変えてる。喋りたい人に対しては逆に聞くし。
だから、必ず新聞は全面見るわけ。あと、ニュースは夜寝る前に目を通して頭の中に仕込んでる。そこの話術とかっていうのはすごく大事だね。

ー それは、理容師になってから身につけたものなのか、元来備わっていた特徴なのかでいうとどっち?
加藤さん:まあこれは先天的なものじゃない?もちろん理容師になってから勉強したこともあるけど。常に耳を外に向けてなくてはダメだよね。
でも、俺以外にも、床屋さんって浅く広く知識を持ってる人っていうのはすごく多い。学歴とかがあるわけでは無いけど、政治の話から社会全般の話まで勉強したりお客さんと話したりするっていうんでね。

ー 加藤さんは本当にこの歳でって考えると、信じられなくらいテキパキ会話できてすごいよ(笑)

一番大切なことは「信頼の積み重ね」

ー仕事へのこだわりとか大事にしてることは?
加藤さん:店の掃除かなあ。特に鏡はピカピカに掃除する。ここで働いてた子たちにも、「鏡は自分を映すから、鏡を綺麗にすれば自分の人生もそこに映る」って伝えてた。
あとは、病気にはなっちゃったけど、技術が無くなったら終わりだから、そこの努力は続ける。今も、新しいクリッパーカットっていう技術を習得してる。

ー 加藤さんは本当に元気でバイタリティがすごい...!(笑)
加藤さん:理容師以外にも、実は色んなことに興味があって、結構色んな商売にも手出したしね。まあ、俺は人から見たら相当変人の部類だと思う。
加藤さんの娘さん:私なんかは、うちのお父さんはマグロだと思ってる。止まったら死ぬからね(笑)。

今でも技術を磨く

ー 確かに、ちょっとわかる(笑)。そんな加藤さんでも、お客さん相手に満足させられなかったり、苦い経験をしたことはある?
加藤さん:ある。ある時、お客さんが子ども連れで髪切りに来てて、子どもが先に終わったから「ちょっと家に置いてくるね」って言われて、「いいですよ」と言ったんだけど、そのお客さんが家に席外してる間に別のお客さんが入ってきて。その時、一言事情を説明すればよかったんだけど、それをしないでそのお客さんを受けてしまって。最初のお客さんが戻ったときにそっちを優先して取り掛かったら、その人がスッと一言、「何でそんなことするんだ」と。
それっきりその人はうちへは来てくれなかった。
口は災いの元って言うけど、逆に口が足りなかったばっかしに...。一言言えばよかったのに。
当たり前のことだけど、俺は常にそれを肝に銘じてやってる。

ー 確かに、お客さんを相手にする商売では大事なことだよね。
加藤さん:そう。やっぱり信頼が第一だから。だから俺はてんくん(先述した中華料理店「ますや」の店主)にも、「料理提供の順番が前後するときは必ず一言言わなきゃダメだよ」って俺の失敗を元に伝えてる(笑)。
今は少しの時間の遅れも丁寧に伝えて、「それでもいいですか?」って聞くようにしてる。そうすると、お客さんも「俺は年寄りで時間に制限無いから良いですよ」って快く答えてくれるし、お客さん同士も「お先にすみませんね」って声かけあってくれたりするから、そしたら気分良いよね。
商売の難しさ優しさっていうのは、「一言足りるか足りないか、余計なこと言ったか言わないか」。あとは、人の悪口は決して言ってはダメ。政治のこととかも、自分の信条と違う人でも、その政治家を応援してる人もいるかもしれないから、絶対に悪くは言わない。商売に悪口は御法度だね。

死ぬ前に大事な人たちに会いに行きたい

ー この仕事をいつまで続けたいっていう展望はある?
加藤さん:うーん。まあここだけの話、辞めれるなら明日にでも辞めたいっていうのはあるね。

ー え!なんで!?
加藤さん:っていうのは、色んな知り合いとか昔のお客さんとかに、お互い元気なうちに会っておきたいなっていう気持ちがあって。こっちで出会った人たちが故郷に帰って、北海道から九州まで色んなところにいるから。元気なうちに、「元気だよ」って言いたい。残された人生っていうのは決まってるわけだから、お世話になった分だけお返ししたり、そういうことをしたい。
相手が亡くなってからお線香あげにいくっていうのってのも寂しいなあって。

ー なるほど。「明日にでも辞めたい」っていうのはびっくりしたけど、加藤さんらしい理由だね。素敵。
加藤さん:だけど、不特定多数のお客さんを相手にしてるこの商売で、急に「辞めます」っていうのは難しいわけでしょ?サラリーマンの定年とも違うし。

ー でもお休みを取って行くっていうのはありじゃない?
加藤さん:そう、だから9月は1週間に3日休みを取ってどこか行こうと思ってるの。やっぱり1週間とかは休めないから。せいぜい3,4日。
そんなに休んだらお客さんに迷惑かかるしね。そんな半端な商売をやるのはどうなのかっていうのもある。だから「辞める」っていう考えるになるんだけど、まあ俺の性格で言ったら辞めれないだろうけどな(笑)。

ー まあそうだよね。マグロだしね...。
加藤さん:でも、やっぱり俺はそういう意味でもやっぱり早くここを継いでくれる人を見つけたい。自分が引退して旅に行くどうこう、っていうのもあるんだけど、それ以上に、今来てくれてる大事なお客さんを、引き継いでくれる人を見つけたい。

ー なるほど。
加藤さん:そういう人が現れたら、この店も家も資産を全部譲って良いと思ってる。その子には、10年ぐらい食ってくの困んないようにしてあげたいなと思ってる。
俺がまだ元気なうちに、ちゃんと教えて、徐々に引き継ぐっていうのが理想かなあ。俺の親の代からそういうふうに継いでいってるからね。

ー お客さんはやっぱり加藤さんに切って欲しいだろうけど、確かに、元気なうちにちゃんと引き継いでくれる人、早く見つけないとね!
加藤さん:そうだよ。良いやついたら紹介してよ(笑)

<編集後記>

8月の日曜日、昼下がり。私は、用事を済ませた帰りにふらっと加藤理容室に取材に立ち寄った。

扉を開けると、クーラーの効いた店内ではTVから甲子園の準々決勝が流れ、加藤さんと稲葉さんが世間話をしていた。急な訪問にも何一つ嫌な顔をせず、「コーラとお茶あるけどどっちがいい?」と加藤さん。

昼間っからハイボール片手におでんをつまむ稲葉さんをみて、私が「それ美味しそうですね」と何気なく呟くと、「ちょっと待ってて今持ってくるから」と家の中へ。どうやらこれは加藤さん手作りのおでんだったらしい。「加藤さんのおでんは美味しいんだよ。揚げ物系の練り物を一回湯通ししてるから、しつこくないしいい感じに味が染みてる」と本気の食リポをする稲葉さん。・・・ここはおじいちゃん家?それとも居酒屋...?取材に来たつもりが、居心地が良すぎて謎の錯覚に陥る。

加藤さんの周りには、加藤理容室には、いつもこんな空気が流れている。
見返りを求めない加藤さんの優しさに、昔から仲の良い知人のように接してくれる懐の深さに、ついつい温泉に浸かっているかのような気持ちよさを覚えてしまう。

加藤さんの職業は正式には「理容師」なんだけど、加藤さんが提供しているサービスは理髪だけではない。理容師という立場を超えて、多くの人と関わり、気遣い、時には人生の教訓を教え、人として大事にしてくれる。加藤さんの職業は「加藤さん」でしかないと思う。

加藤さん、これからも元気で、茅ヶ崎じゅうのひとを、全国にいる大事な友人たちを、照らしてね。またふらっと遊びに行くね!

お店の前で一緒にパシャリ

加藤理容室
〒253-0051 神奈川県茅ヶ崎市若松町19-13
0467-85-2022

取材/ライター:野澤 雪乃
編集:新野 瑞貴
撮影:中村 創
監修:後藤 花菜

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