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「プロとは、人を楽しませること」靴磨きと画家、ふたすじのプロ

「ひとすじ」は、”50年以上ひとつの仕事を続けている”方々を、フィルムカメラを用いて写真におさめるプロジェクト。
個人が自由に仕事を選べるようになり、転職や職種転換も当たり前になった現代だからこそ、その人々の生きざまはよりシンプルに、そしてクリエイティブにうつります。
このnoteでは、撮影とともに行ったインタビューを記事にしてお届けします。
2024年10月11日よりクラウドファンディング実施。
2024年11月22日-24日の3日間、東京原宿のSPACE&CAFE BANKSIAにて写真展開催。記事だけでなく、支援と来訪心よりお待ちしております。

東京駅丸の内北口では靴磨き、自宅アトリエでは絵を描き続けるパブロ賢次さん。

夏ノ暑サニモマケヌ丈夫ナカラダヲモチ、大病を患うことなくダブルひとすじを続けて今年で55年を迎えました。

加えて「音楽もプロだった」と話すパブロさん、サックス奏者として、ジャズでの日本一の夢は叶わず、一度は音楽から離れましたが、3年ほど前から近所の教室に通い始め、今ではバーでの演奏を楽しんでいます。

ジャズではダメだったが「日本一の絵描きならなれる」と思い、靴磨き・絵描き両方のプロとして、人を楽しませるパブロさんの姿は驚愕のひとことにつきます。


東京駅で、日本一の靴磨き

東京駅丸の内北口

パブロさん:これ、靴磨きの染料なんだけど、見違えるように艶がでる。300円追加でかかるけど、やってみませんか?

ー お願いします。
パブロさん:ほら全然違うでしょ?この艶は1ヶ月持つから。

ー 全然違いますね!パブロさんは靴磨きをはじめてどのくらいですか?
パブロさん:今年で55年、高校卒業してからすぐ靴磨きを始めた。

ー 始めようと思ったきっかけは?
パブロさん:まずは両親がやっていた家業だから継いだのと、現金収入になる。嫌いな仕事じゃないし、真面目にやっていれば、生活できるからね。

ー 73歳まで続けようと思った理由は?
パブロさん:靴磨きは運動になるからね。昔は500円、今は1000円。景気が良いから靴磨くとか、景気が悪いから磨くのを辞めようとかは思わない。僕にとって習慣みたいなものです。

靴磨き、1回1,000円

ー 靴磨きしていて一番楽しかったことは?
パブロさん:一番というよりか、日々いろんな人と出会えることが楽しいね。靴磨きのお客さんの3割くらいが絵のお客さんになってる。だから、営業の場でもある。

ー 絵も描かれているんですね。
パブロさん:絵は元々やってた。自分で言うのもアレだけど、大人より上手くて美術の先生が驚いてた。

ー 靴磨きを辞めようと思ったことはありますか?
パブロさん:ないけど、バブルの時に絵が売れたから、しばらく靴磨きに行かないことはあった。ヨーロッパ旅行をして結構サボってね。
そしたらバブルが崩壊して、絵が全く売れなくなったわけ。
その時は、靴磨きを真面目せずに生活のペースを変えたからバチが当たったんだと思った。今度は売れたとしても、靴磨きはやると決めている。今年の夏みたいにバカ暑いときは少し休むけど(笑)。

パブロ・ピカソ&パブロ賢次

パブロさん:夏はここ(アトリエ)も暑くて参っちゃうよ
ーこれセーヌ川ですか?
パブロさん:そう。30年ほど前に現地で描いた。今朝、五輪の開会式やってたね。今となれば、トライアスロンやれるくらい綺麗だけど、昔はもっと汚かった。冷たいものでもよかったら飲みますか?

ー 私たち持っているので大丈夫です。パブロさん:僕はいただきます。休みの時は朝から一杯飲むと決めていて。

ー お元気ですね(笑)。そもそもですが、パブロ賢次さんというアーティスト名の由来は?
パブロさん:パブロ・ピカソから。

ー ピカソが好きだからですか?
パブロさん:いや、そうじゃない。ピカソの絵は好きな絵もあるけど、ピカソの生き方というか、彼の哲学、行動、それがすごいなと。まさに革命家だよね。
彼は、芸術の世界でいうアインシュタインで、これまでの常識を覆した。常識を壊した。だからピカソ以降は大変なんだよ、ピカソが壊したから。

ー 絵と靴磨きは同時期に始められましたか?
パブロさん:靴磨きと同じで55年。絵描きの血をひいているから、最初から描けた。いつも表彰されるし、展覧会の度に金賞をもらったりね。

ー 1年に何枚くらい描きます?
パブロさん:展覧会があると、ヨーロッパ行ったりして100枚くらい。

ー 描くのには、どれくらいかかりますか?
パブロさん:早いですよ。夕日の絵を描いてるのに何時間も夕日見ないでしょ?
2〜3時間くらいで8割型描いて、そのあとは日本に持ち帰って完成させる。
油絵だから加筆できるしね。展覧会とかあると手を加えたりするわけよ。

ー 描いた中で1番好きな絵はありますか?
パブロさん:ないかな。確かに好き嫌いはあるけど、出来が悪い=その絵が嫌いとかはない。自分の描いたものだから、良いも悪いもないということ。だから僕は、描いた絵を塗りつぶして、上から塗ることはしない。金のない人が良くやる手法だけど、僕はしないね。くだらないモノも全て残している。

売れれば良いけど、ダメなモノも“自分の分身”であり作品で、良いモノばかりは描けない。理論的には、ピカソもそう。有名だから駄作でも売れるけど。

フランスが好きだけど・・・

ー 今までで一番印象に残っている作品は?
パブロさん:それぞれの時代、その時に思い入れがあって物語がある。フランスに最初に行ったのは42歳の時で、7、8年間、日本と行き来した。そのあとは、東南アジアを経て、またフランス。途中でコロナもあり行けなくなったので、それで国内風景を描くようになった。主に富士山とか東京駅とかね。

ー フランスが長かったんですね
パブロさん:フランスが一番。20回くらいかな。
フランスが好きっていうのかな、フランス人は芸術家を大切にする国。芸術の都って言うでしょ、花の都っていうのは日本人だけ。それほど、フランスでは芸術家が尊敬されている。日本では、売れてる芸術家は尊敬されるけど、売れてない芸術家は尊敬されず、リスペクトがないと思う。
フランスはその逆で、才能があって売れない人を尊敬している。これから頑張って行く人を尊敬する。だから、絵を描いてる途中でも、売ってくれと声をかけられる。しかも、出来が良い時はいっぱい声がかかり、出来が悪い時は、声がかからない。顕著ですよ。

はじめは、音楽で一流目指し

ー 絵を職にしようと思った理由は?
パブロさん:最初は絵描きになると思っていなくて、ジャズで日本一を目指して、プロのバンドをやってた。

ー プロのバンド?音楽の才能もあったんですね。
パブロさん:サックスでジャズとかやってたけど、急にダメになってね。シンセサイザーなどが発明され、カラオケが普及して、バンドの人気が急に廃れたわけ。それで、「ジャズでは日本一になれない」と思って辞めた。でも、「日本一の絵描きならなれる」と思った。今でもそう思っている。

ー 音楽はもう全くやっていないんですか?
パブロさん:最近また始めた。ここ2〜3年くらいの間にね。近所の教室に通いながら、たまにバーで演奏しているよ。一応、元プロです(笑)

「プロは人を楽しませること」

ー 最近は、副業という言葉をよく聞くようになりましたが、靴磨きと絵画の仕事、どちらがメインですか?
パブロさん:メインとかサブとかそういう考え方ではない。「なんでも一流にならなくてはダメ、やる以上は一流に」という考え方だね。絵もそうだし、靴磨きもそうだし、音楽だってそう。人を楽しませるのがプロでしょ。自分だけが満足しているのは素人の考え。
極端な話だけど、自分の感情はどちらかと言えば、どうでも良い。
仮に仕事が嫌いでも、人が感動してくれればプロなんだよ。
ただ、人を感動させるには、自分が感動しなくてはいけない。
自分が感動しないものに、人が感動すると思う?そりゃしないよね。
だから、“感動”はとても大事。

取材後記

パリ五輪が始まった。開会式の舞台セーヌ川では、マスクなしの日本選手団が満面の笑みで、旗を掲げる姿があった。
「ああ、もう東京五輪から3年か」記念すべき30年ぶりの加筆を前に、今朝の開会式を重ねた。気づけば、眼下に潤うセーヌが広がっていた。
 
この日、最後から5番目の“ひとすじ”取材を迎えた私たちは、パブロ賢次さんのアトリエを訪れた。東京駅で始まった日本一の靴磨き取材から早2ヶ月、その時に聞いた「人を楽しませるのがプロ」という言葉がずっと頭に残っていた。
 
私、増田の仕事は世の中の森羅万象を取材し、誠実に伝えること。
五輪で日本の選手がメダル獲得や交通事故で子供を亡くした遺族など、この世にはたくさんの喜怒哀楽がある。

これらの出来事にどんな付加価値をつけられるかが腕の見せどころだ。
ニュアンスでいうと、「喜楽」が人を楽しませるに合致していると思われるが、「追求できているか」と心に問いかけたら、間髪なしのYesを返せなかった。
 
 取材後も自問自答した結果、パブロさんの基準に従えば「私はまだプロじゃない」と思った。振り返ると、人を楽しませるための引き出しの少なさに嫌気がさす時があった。当初は、「社外に出れば、未熟でもいちプロ」と、なんとなく自分をプロと思い込み、自負までしていた。プライドが邪魔して、肩書きに取り憑かれていたのではないかと考察する。
 
 数日前、「エミリー、パリに行く」待望のシーズン4を見た。
シカゴでマーケティングの仕事をしていたエミリーがパリに移住し、仕事・恋愛・友情に全力投球するコメディドラマ。コロナ禍のお家時間を有意義に過ごすために見始めたのがきっかけだったが、いつの間にか主人公エミリー演じるリリー・コリンズの虜になっていた。
 
エミリーは、言語の壁などがある中、優れたマーケティング能力とインフルエンサーの一面を武器に、奇想天外な発想でクライアントとの距離を縮め、様々な問題を次々と解決していく。引き出しが多いエミリーから学ぶことは多い。
まずは、エミリーに倣って、人を楽しませるための引き出しを増やしたい。特に作中にあるSNSを活用したビジネスの描写は魅力的だ。

「人を楽しませるための引き出し」は多岐に渡る。
パブロさんでいうと、靴磨き、絵描き、サックスの3つが主な引き出しで、靴磨きのお客さん=絵のお客さんと相乗効果も生んでいる。
靴磨き職人がまさか画家の一面もあるだなんて、誰が想像するだろうか。大谷翔平も然り、2足の草鞋を履く人の特権かもしれないが、そんな人をあっと驚かせるような引き出しがあれば、おのずと引き出しは増えるに違いない。
 
プロに明確な基準を示したパブロさん、私はあえて示さずに、模索しようと思う。曖昧だけど、“急がば回れ”が等身大の答えだと思う。転職があたりまえの現代社会で、今の仕事でプロになるとは限らない。これだけ多岐に渡る職種があるからこそ、プロで1つを極めるより、選択肢を広げて、アマで3つくらい極めた方がいいのかもしれない。そう考えたら、プロ2つのパブロさんは本当にすごい。
 
パリ五輪が終わった。プロの歓喜も、プロの涙も見た。人が感動するってこういうことだと改めて感じた。
 
増田 亮央(ますだ りょお)
 


フランスセーヌ川の絵

取材/ライター:増田 亮央
編集:新野 瑞貴
監修:後藤 花菜
撮影:中村 創

50年1つの仕事を続けた方のポートレートや仕事風景をフィルムカメラで撮影した写真集「ひとすじ」製作中!最新情報はこちらからご覧ください。▷instagram @hitosuji_pj

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