「プロとは、人を楽しませること」靴磨きと画家、ふたすじのプロ
東京駅丸の内北口では靴磨き、自宅アトリエでは絵を描き続けるパブロ賢次さん。
夏ノ暑サニモマケヌ丈夫ナカラダヲモチ、大病を患うことなくダブルひとすじを続けて今年で55年を迎えました。
加えて「音楽もプロだった」と話すパブロさん、サックス奏者として、ジャズでの日本一の夢は叶わず、一度は音楽から離れましたが、3年ほど前から近所の教室に通い始め、今ではバーでの演奏を楽しんでいます。
ジャズではダメだったが「日本一の絵描きならなれる」と思い、靴磨き・絵描き両方のプロとして、人を楽しませるパブロさんの姿は驚愕のひとことにつきます。
東京駅で、日本一の靴磨き
パブロさん:これ、靴磨きの染料なんだけど、見違えるように艶がでる。300円追加でかかるけど、やってみませんか?
ー お願いします。
パブロさん:ほら全然違うでしょ?この艶は1ヶ月持つから。
ー 全然違いますね!パブロさんは靴磨きをはじめてどのくらいですか?
パブロさん:今年で55年、高校卒業してからすぐ靴磨きを始めた。
ー 始めようと思ったきっかけは?
パブロさん:まずは両親がやっていた家業だから継いだのと、現金収入になる。嫌いな仕事じゃないし、真面目にやっていれば、生活できるからね。
ー 73歳まで続けようと思った理由は?
パブロさん:靴磨きは運動になるからね。昔は500円、今は1000円。景気が良いから靴磨くとか、景気が悪いから磨くのを辞めようとかは思わない。僕にとって習慣みたいなものです。
ー 靴磨きしていて一番楽しかったことは?
パブロさん:一番というよりか、日々いろんな人と出会えることが楽しいね。靴磨きのお客さんの3割くらいが絵のお客さんになってる。だから、営業の場でもある。
ー 絵も描かれているんですね。
パブロさん:絵は元々やってた。自分で言うのもアレだけど、大人より上手くて美術の先生が驚いてた。
ー 靴磨きを辞めようと思ったことはありますか?
パブロさん:ないけど、バブルの時に絵が売れたから、しばらく靴磨きに行かないことはあった。ヨーロッパ旅行をして結構サボってね。
そしたらバブルが崩壊して、絵が全く売れなくなったわけ。
その時は、靴磨きを真面目せずに生活のペースを変えたからバチが当たったんだと思った。今度は売れたとしても、靴磨きはやると決めている。今年の夏みたいにバカ暑いときは少し休むけど(笑)。
パブロ・ピカソ&パブロ賢次
パブロさん:夏はここ(アトリエ)も暑くて参っちゃうよ
ーこれセーヌ川ですか?
パブロさん:そう。30年ほど前に現地で描いた。今朝、五輪の開会式やってたね。今となれば、トライアスロンやれるくらい綺麗だけど、昔はもっと汚かった。冷たいものでもよかったら飲みますか?
ー 私たち持っているので大丈夫です。パブロさん:僕はいただきます。休みの時は朝から一杯飲むと決めていて。
ー お元気ですね(笑)。そもそもですが、パブロ賢次さんというアーティスト名の由来は?
パブロさん:パブロ・ピカソから。
ー ピカソが好きだからですか?
パブロさん:いや、そうじゃない。ピカソの絵は好きな絵もあるけど、ピカソの生き方というか、彼の哲学、行動、それがすごいなと。まさに革命家だよね。
彼は、芸術の世界でいうアインシュタインで、これまでの常識を覆した。常識を壊した。だからピカソ以降は大変なんだよ、ピカソが壊したから。
ー 絵と靴磨きは同時期に始められましたか?
パブロさん:靴磨きと同じで55年。絵描きの血をひいているから、最初から描けた。いつも表彰されるし、展覧会の度に金賞をもらったりね。
ー 1年に何枚くらい描きます?
パブロさん:展覧会があると、ヨーロッパ行ったりして100枚くらい。
ー 描くのには、どれくらいかかりますか?
パブロさん:早いですよ。夕日の絵を描いてるのに何時間も夕日見ないでしょ?
2〜3時間くらいで8割型描いて、そのあとは日本に持ち帰って完成させる。
油絵だから加筆できるしね。展覧会とかあると手を加えたりするわけよ。
ー 描いた中で1番好きな絵はありますか?
パブロさん:ないかな。確かに好き嫌いはあるけど、出来が悪い=その絵が嫌いとかはない。自分の描いたものだから、良いも悪いもないということ。だから僕は、描いた絵を塗りつぶして、上から塗ることはしない。金のない人が良くやる手法だけど、僕はしないね。くだらないモノも全て残している。
売れれば良いけど、ダメなモノも“自分の分身”であり作品で、良いモノばかりは描けない。理論的には、ピカソもそう。有名だから駄作でも売れるけど。
フランスが好きだけど・・・
ー 今までで一番印象に残っている作品は?
パブロさん:それぞれの時代、その時に思い入れがあって物語がある。フランスに最初に行ったのは42歳の時で、7、8年間、日本と行き来した。そのあとは、東南アジアを経て、またフランス。途中でコロナもあり行けなくなったので、それで国内風景を描くようになった。主に富士山とか東京駅とかね。
ー フランスが長かったんですね
パブロさん:フランスが一番。20回くらいかな。
フランスが好きっていうのかな、フランス人は芸術家を大切にする国。芸術の都って言うでしょ、花の都っていうのは日本人だけ。それほど、フランスでは芸術家が尊敬されている。日本では、売れてる芸術家は尊敬されるけど、売れてない芸術家は尊敬されず、リスペクトがないと思う。
フランスはその逆で、才能があって売れない人を尊敬している。これから頑張って行く人を尊敬する。だから、絵を描いてる途中でも、売ってくれと声をかけられる。しかも、出来が良い時はいっぱい声がかかり、出来が悪い時は、声がかからない。顕著ですよ。
はじめは、音楽で一流目指し
ー 絵を職にしようと思った理由は?
パブロさん:最初は絵描きになると思っていなくて、ジャズで日本一を目指して、プロのバンドをやってた。
ー プロのバンド?音楽の才能もあったんですね。
パブロさん:サックスでジャズとかやってたけど、急にダメになってね。シンセサイザーなどが発明され、カラオケが普及して、バンドの人気が急に廃れたわけ。それで、「ジャズでは日本一になれない」と思って辞めた。でも、「日本一の絵描きならなれる」と思った。今でもそう思っている。
ー 音楽はもう全くやっていないんですか?
パブロさん:最近また始めた。ここ2〜3年くらいの間にね。近所の教室に通いながら、たまにバーで演奏しているよ。一応、元プロです(笑)
「プロは人を楽しませること」
ー 最近は、副業という言葉をよく聞くようになりましたが、靴磨きと絵画の仕事、どちらがメインですか?
パブロさん:メインとかサブとかそういう考え方ではない。「なんでも一流にならなくてはダメ、やる以上は一流に」という考え方だね。絵もそうだし、靴磨きもそうだし、音楽だってそう。人を楽しませるのがプロでしょ。自分だけが満足しているのは素人の考え。
極端な話だけど、自分の感情はどちらかと言えば、どうでも良い。
仮に仕事が嫌いでも、人が感動してくれればプロなんだよ。
ただ、人を感動させるには、自分が感動しなくてはいけない。
自分が感動しないものに、人が感動すると思う?そりゃしないよね。
だから、“感動”はとても大事。
取材後記
取材/ライター:増田 亮央
編集:新野 瑞貴
監修:後藤 花菜
撮影:中村 創
50年1つの仕事を続けた方のポートレートや仕事風景をフィルムカメラで撮影した写真集「ひとすじ」製作中!最新情報はこちらからご覧ください。▷instagram @hitosuji_pj