【ヌード講座セクハラ裁判】
2018年4~6月、京都造形芸術大学(現・京都芸術大学)の東京キャンパスである「藝術学舎」で開かれた公開講座「人はなぜヌードを描くのか、見たいのか。」にまつわる民事訴訟事件。
原告は大原直美という美術モデルの人物で、同大学卒業生。
被告は京都芸術大学の運営母体である瓜生山学園であり、セクハラだとされた講義を担当した芸術家の会田誠(第3回担当)・鷹野隆大(第5回担当)両氏は訴外である。
原告は講座内容で急性ストレス障害を発症したとして「企画・運営に問題がある」として大学側を提訴した。
同講座は全5回で「ヌードを通した芸術作品の見方を身につける」ことが趣旨。篠山紀信・藤原えりみ・会田誠・沼田英子・鷹野隆大という錚々たる芸術家が各1回ずつ行使を担当する。セクハラとされたのは現代美術家の会田誠氏が担当する第3回、写真家の鷹野隆大氏が担当する第5回である。
両氏は芸術の世界では著名人であり、多少美術に通じた人なら過激さは当然覚悟しておくものと了解できるものである。【会田誠展:天才でごめんなさい】へのフェミニズム団体の抗議事件や、平成の【腰巻事件】と呼ばれた【おれと】シリーズについての警察との攻防など、両講師の作品は一般ニュースレベルでも物議を醸しており、およそ美術史を学ぶのであれば「知らない方がおかしい」。
また、講義概要には「批判や論争や取締がつきまと」うのがヌードの歴史であると、講義テーマそのものに物議を醸す内容があることが示されていた。また講義スケジュールには第3回について「たぶん芸術と対立概念になりがちなポルノの話や、第二次性徴期の話、フェミニズムの話なども避けては通れないでしょうね」と明記されている。第5回の鷹野氏に至っては個々の作品上映の際に事前に注意を促していたという。
東京藝術大学大学院の毛利嘉孝教授(文化研究/メディア研究)はツイッター上で「『ヌードの歴史』という講座を考えると、紹介される作品群は、検閲とスキャンダルだらけになるだろう。会田誠や鷹野隆大の作品を日本の現代美術とヌードを語る時に避けて語るのはむしろ不自然」であるとコメントしている。
本件についての原告本人の会見や多くの報道では、セクハラだとされた作品名を明示していない。
しかし報道の表現と実際の作品名は以下のようになると考えられる。
「AV女優がゴキブリとセックスしている写真」(原告)→【御器噛り草紙】
「手足を切断された少女が首輪をはめられた絵画」(AbemaNEWS)→【『犬』シリーズ】
「講師自身が全裸でオナニーしている写真」(原告)→【イデア】
「移されている女性の乳首をつついて」→【Mr. Fuji girl】
「男性の性器がそのまま出ている作品」「勃起した男性器の写真」「講師のヌード写真」(原告)→【おれと】
(他にも作品未特定の記述あり)
原告・報道の表現では「講師のヌード写真」「講師自身が全裸でオナニーしている写真」などと、それが作品であることを伏せ、また「露出狂に遭った体験」を持ち出してアピールするなど、講師が授業内容と関係なく自身の裸やオナニーを見せつけたかのようにイメージ誘導している。
そもそもゴッホが数多くの自画像を遺しているように、芸術家が人物を表現した作品を制作するにあたり、自分自身をモデルとすることは決して珍しいことでもなんでもない、ということに注意する必要がある。
また原告は、会田氏が「デッサンに来たモデルをズリネタにした」という発言を「私たちプロのモデルに対する冒涜」と発言している。
会田氏は、古典的名画と同じポーズを卑近なイメージ(たとえば現代のスクール水着の女子高生や、『ウルトラマン』の登場人物など)に置き換えて描いた作品を作るなど、こぎれいでお上品な「芸術」のイメージと、生々しい俗世界や肉欲との境界を問い直すことに取り組んできた創作者である。
その問題意識を語る一例として、美術学生時代にモデルを「ズリネタ」にしていたことがあったことを講義内で告白したに過ぎない。
以上の経緯にもかかわらず、第一審判決は「わいせつな作品を受講生に見せたことを『セクハラにあたる』と認定。大学側に対し、講義内容を事前に告知するなどの義務を怠ったとして、約35万円の賠償を命じた」(朝日新聞記事)
しかし、そもそもいずれの作品も、過去に裁判所によってわいせつ性が認定されたものではなく(鷹野氏の作品が【おれと】シリーズであるとすれば、愛知県警から警告を受けたことはある)、講義内容が物議を醸す作品をも視野に入れたものであることは上述の講義概要に明記されている。
また報道によると判決は「受講生が成績評価を受けるには出席が欠かせないことをふまえ、『作品を見るよう強要されたセクハラだ』と判断した」としているが、本件はすでに卒業した学外の人物が一般公開講座を受講したものであり、その成績いかんが何らかの不利益に結びつくようなものではない。
表現の自由の問題に詳しい弁護士の山口貴士氏は「当たり屋の横行に繋がり、学問の自由、芸術活動への萎縮効果を生じさせかねない」「学問の自由に与える悪影響(萎縮効果)は日本学術会議の任命拒否の比ではない」と批判している。
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