【博多駅テレビフィルム提出命令事件】
単に博多駅事件、博多駅フィルム事件、博多駅テレビフィルム事件ともいう。
元々はいわゆる学生闘争がらみの事件であるが、その証拠としてのテレビフィルムの提出を福岡地裁が放送会社(NHK福岡放送局、RKB毎日放送、九州朝日放送、テレビ西日本)に命じたところ、放送会社はこれを拒否して争ったため、報道の自由が問題となった著名判例である。
1968年1月16日、アメリカの原子力空母エンタープライズが佐世保港に寄港することへの反対運動のため、博多駅を下車した全学連の学生を、待ち構えていた機動隊らが、駅構内からの排除・検問・所持品検査を行った(単に「博多駅事件」と言った場合こちらを指す場合が多い)。この際、抵抗した学生4人が公務執行妨害罪で逮捕されているが、のちに全員が不起訴もしくは無罪となっている。
左派市民団体の護憲連合などが、このときの警察側が過剰警備であるとして特別公務員暴行陵虐罪・職権乱用罪で告発し、付審判請求がなされていた。
しかし「被疑者および被害者の特定すら困難な状態であつて、事件発生後二年ちかくを経過した現在、第三者の新たな証言はもはや期待することができ」ない状況であり、「当時、右の現場を中立的な立場から撮影した報道機関の本件フイルムが証拠上きわめて重要な価値を有し、被疑者らの罪責の有無を判定するうえに、ほとんど必須のものと認められ」たテレビフィルムについて、福岡地裁が放送会社に任意提出を求めた。
しかし4社ともこれを拒否したため、福岡地裁が提出命令を出し、4社が抗告したたというのが事件の経緯である。(カギカッコ内はいずれも最高裁決定より)
報道機関による取材は、しばしば取材を受ける人々にとって後ろ暗いことや、犯罪にさえなりうる内容を聞くことがある。
そういった場合に報道機関の人間が、取材源の秘匿はもちろん、取材内容を予定されていた報道以外には使わないことなどを取材相手に約束することは珍しくないことである。テレビフィルム提出命令のような、その約束を報道側が守れなくなるような手続きが合法となれば、将来の取材相手が安心して取材を受けることができず、ひいては報道の自由・国民の知る権利に対し、不当な影響をもたらす。
よってこのような提出命令は、憲法二一条に違反するというのが、4社側の主張であった。
最高裁決定では「思想の表明の自由とならんで、事実の報道の自由は、表現の自由を規定した憲法21条の保障のもとにあることはいうまでもない。また、このような報道機関の報道が正しい内容をもつためには、報道の自由とともに、報道のための取材の自由も、憲法二一条の精神に照らし、十分尊重に値いするものといわなければならない。」と判示し、その尊重を前提としたうえでこう述べる。
乱暴な言い方をすれば、取材の自由も刑事裁判上の必要もどっちも大切だが、どちらを優先させるかは「場合による」という話である。
そのうえで、
・本件フィルムは被疑者らの罪責の有無の判定に「ほとんど必須」のもの
・すでに放映済みのものを含むフィルムで、報道機関の不利益は報道そのものの自由ではなく、将来の取材の自由が「妨げられるおそれ」にとどまる
として、「この程度の不利益は、報道機関の立場を十分尊重すべきものとの見地に立つても、なお忍受されなければならない程度のもの」と判示し、提出命令を合憲であるとした。ただし「将来の取材の自由が妨げられるおそれ」をあまりに低く見積もっているという批判意見は根強い。
ちなみに付審判請求の結果であるが、テレビフィルムから「警備にあたった警察官が少なくとも28人に対して特別公務員暴行陵虐をした点、また少なくとも18人に対して強制的な所持品検査をした職権濫用をした」事実が認められたものの、「被疑者らにその加害実行者または共犯者としての責任を負わせるだけの証拠」は発見できなかったとして、棄却となった(請求人側が福岡高裁に抗告したが、こちらも1970年11月25日に棄却)。
また、テレビフィルムは1970年12月8日に福岡地裁から返却されたが、裁判所がフィルムのコピーを残していたことに4社が抗議し、4社立ち合いのもとで裁判所内でコピーを焼却したという顛末がある。
参考リンク・資料:
資料収集等、編纂費用捻出のための投げ銭をお願いします!↓
ライター業、連絡はDMでどうぞ。匿名・別名義での依頼も相談に乗ります。 一般コラム・ブログ・映画等レビュー・特撮好き。