おとぎ話:安全な水
架空の国の話をします。
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そこには、安全に飲める水が豊かに湧き出る水源がありました。
多くの人はその水源から無料で水を得ていましたが、一部の人々だけは高いお金と引き換えにほんの少量を手に入れることしかできませんでした。
その国には、みずみずしい果物がなる木がいくつかありました。
水をお金で買わなければならない人たちは、水の代わりにその果物を食べて暮らしていました。
それはあまりおいしいものではありませんでしたが、安全な水を手に入れることが難しいので仕方がありません。
無料で水を得ていた人のひとりがそれを見かねて、長に相談しました。
「彼らは水を高額で買っていますね。無料になったらどれだけ喜ぶことでしょう。」
長は云いました。
「普段から好きであの果物を食べているんだろう。無料にしてやる必要はない。」
相談した人は食い下がります。
「そんなことはありません。隣の国では、全員が安全な水を無料で飲んで暮らしています。彼らも水を必要としているはずです。」
すると、長は怒りだしました。
「分け与えたせいでこの土地の水が枯れたらどうするんだ。それに、おまえの言う”彼ら”とやらに、私は会ったことがない。存在するかどうかもあやしいものだ!」
それだけ言って、長はふんぞり返ったので、相談した人はすっかり呆れてしまいました。
そして、高額で水を買っている人たちを訪ねていきました。
「あなたたちは、水が高額で困っているのではありませんか。」
果物を食べてのどの渇きを潤していたひとりが振り向きました。
「ええ、困っています。しかし、代々の長に何を言ってもどうにもなりません。繰り返し説明してきたのですが、わかり合うことができないようです。」
「そうですね。私も先ほど話してきましたが、まるで聞く耳を持ちませんでした。あんな人のもとで暮らすのはごめんです。」
「僕たちも全く同じ考えです。実は、隣の国が僕たちを受け入れてくれるそうなので、今度みんなで引っ越す予定です。」
「それはすてきだ。私も一緒に行ってもいいですか?」
「もちろんです。安全な水をみんなで仲良く飲める国へ行きましょう。」
相談した人は家へ帰ると、家族や友人たちにも今日の話をしました。
そして、隣の国への移住を提案します。
すると、多くの人が隣の国へ行きたいと言いました。
慌てたのは長です。
「ここにいればおまえたちはいつでも好きなだけ水を得ることができるんだぞ!」
長に相談した人はこう返しました。
「隣の国ではあらゆる人がその条件で暮らしています。私たちもそうしようと思います。」
それからしばらくして、その国に暮らすのは長だけになりました。
重たい水瓶を運んでくれる人も、老いた身体をいたわってくれる人もありません。
長はひとり寂しく恨み言を呟きながら、もう誰と取り合うこともない水をため込んでいます。