
棚からフライングガーデン【前編】
12月の夜8時。
僕は気温が2度を下回る中、国道を自転車でとばす。
「挽きぐるみのそばが食べたい」
ただその理由だけで、軽装のなか冬の寒さへ飛び出してしまった。
自転車を漕ぐ僕の手の感覚はなくなり、顔は鼻水でぐしょぐしょ。
漫画などでは、好意を寄せている相手に振られた主人公の涙や鼻水が、宙に舞いながら流れていくシーンがあると思う。
僕が自転車を漕ぐ様は、周りからそのように写っていたかもしれない。
挽きぐるみのそばを突如食べたいと思ったのには、理由がある。
僕はそばが好きだ。
「出雲そば」を食べ、日本三大そばをコンプリートするのを夢見ている。
ちなみに、日本三大そばは島根県の「出雲そば」・岩手県の「わんこそば」・長野県の「戸隠そば」である。
話を戻そう。
そばに十割や二八そばがあるのは、みなさんもご存知だと思う。
これは使用する小麦の割合を表していて、量に応じてそばの味や喉越しが変化する。
実は、そばには小麦の割合だけではない製粉方法があったのだ。
そば好きとして知っていて当然だと思うかもしれない。
しかし、僕は知らないままそば好きを謳っていたのだ。
つまり、知ったかぶりである。
これはよくないというか、食べたいと思い、僕は自転車を走らせていたのだ。
さらに、全力で自転車を走らせていたのにも理由がある。
挽きぐるみそばを提供するお店のラストオーダーが、残り30分と迫っていたのだ。
「おいしいそばが僕を寒さから癒やしてくれる…!」
しかし、僕はそばを食べることはできなかった。
自転車に乗る前の話だ。
僕は、そば屋の営業時間を確認するために、Googleマップを見ていた。
「時間は間に合う。だけど、早く閉まるかもしれない」
こだわりのあるお店は、材料が終わり次第店を閉じることがよくある。
念の為、僕はお店に電話してみる。
だが、電話には誰も出ない。
「忙しくて電話に出れないのだろうか」
このときから、嫌な予感と寒気は感じていたのだ。
しかし、僕は忙しいと都合よく解釈し、ラストオーダーに間に合えと自転車を走らせる。
15分程度全力で自転車を漕ぎ、店に到着した。
寒さで凍える体を暖めようと、早々に店へ入ろうとした。
しかし…。
「本日の夜の営業はなしとさせていただきます」
僕は、店の入口の前で気が遠くなるばかりだった。
後編へ続く