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かすみ草
2020年4月10日 07:36
僕の仕事は海へ潜ることだ。正確にいうと、空の白い窓から降ってきた”言葉”から関係するものを海から拾ってきては陸に上げる。その繰り返し。 僕の仕事場は普段は浅瀬から広い海原の向こう側まで。時には、海の底に埋まっているボロボロの鉄屑や洞窟に巣食う海獣たちを横目にキラキラとした宝石を拾っては陸にあげる。 最初は探してくるのに時間は掛かったけれど、最近はボンベが軽量化してフィンの扱いにも慣
2020年3月30日 22:45
「こんにちは。時間銀行です。今回はどのようなご用件でしょうか?当行では,時間の預け入れ,引き出し,融資など幅広い商品を取り扱っております。時間の引き出しの件についてですね。現在あなたの口座には7年と7か月13日5時間42分の預け入れがあります。分数は利息になります。引き出しの限度時間は一度につき3年までとなっております。今回は3年分のお引き出しですね。承知しました。では手続きをしてまいりますので少
2020年3月28日 23:42
部屋の片づけをしていたら,引き出しの片隅から昔もらった手紙が出てきた。その中には中学校の頃によく遊んでいた友人からのお別れや自由奔放な姉からの応援,担任からの餞別,甘酸っぱい思い出など様々な想いであふれていた。じっくり見ていると当時の思いがそのまま溢れ出してきそうでこそばゆい。”そんな時代もあったねと いつか話せる日が来るわ”いつか聴いた歌を口ずさみながら,止めていた手を動かしてま
2020年3月23日 11:30
彼は黙っている。朝、妻にゴミ出しを頼まれた。彼は黙っている。早朝の疲れた目をした人たちが運ばれるために待っている電車のホームであたかも平然と横入りする女に会った。彼は黙っている。部下がしたミスで上司から理不尽に怒られた。彼は黙っている。お昼に注文した唐揚げAセットが魚の煮付けBセットに変わった。彼は黙っている。終業時間間際に取引先から至急やってほしい仕事があると
2020年2月28日 15:43
冷たいバニラアイス上、クリーム山の頂上に堂々とそびえ立つのは、ツヤツヤに光ったイチゴ。宇宙船から伸びる光のように頂上のイチゴに向かって一直線に降り立つ長く伸びるスプーンは、生クリームとイチゴを誘拐した。
2020年2月26日 21:17
ふとスマホの画面を見るとメッセージが1件届いていた。送信主は不明。スマホのロックを解除してメッセージを確認すると,私が幽霊のように存在を消したサークルに入っている友人からだった。私がサークルから抜けて彼女とは一度も連絡を取っていない。時折,彼女のほうからメッセージが届いていたが1年ほど私はそれを無視し続けていた。彼女から送られてくるメッセージのどれもが,私に対する心配ではなく彼女が私に免罪
2020年2月24日 21:40
パチンという音がして電球が切れた。直接目を向けると目が焼かれるくらい細く強い光を放っていたフィラメントは,丸い電球の中でプツンと切れてゆらゆらと揺れている。蛍光灯やLED灯が主流で今では雰囲気づくりの長物になってしまっている白熱灯。また電球を買いに行かなければいけないと思い,ホームセンターに行くというリマインダーを設定する。電気を発明したのはかの有名な発明王,エジソン。フィラメントが熱
2020年2月23日 23:16
今日、遺失物取扱所に拳くらいのゼリーみたいな球体が届いた。届けてくれた人は不気味なものを触るようにそれを届けると足早に去っていった。その球体は、初めの方はぷるぷると小刻みに震えていたがこちらが触れようとすると石のように硬くなった。こんなものは見たことがない。だけど不思議と惹かれる。そんな落とし物だった。それから1週間が経つと、球体は私が近づいても石のように硬くなることもないし小刻みにぷるぷると震
2020年2月21日 01:53
PM23:00残業で疲れた体を引きづりながらやっとの思いで帰宅する。玄関の扉を開けると、暗闇が待っていた。部屋に入り電気をつける。チカチカ不規則に光りながら蛍光灯は無機質についた。なんとも言えない静けさが心の隙間に染み込まないようにリモコンに手を伸ばす。電波を受信したテレビでは、白いスーツを着た女性が暗い口調で原稿を読み上げている。隣に座る男性は、深刻そうな面持ちで静かに彼女の横で時折相槌を挟