ワンパンマン二次創作 alice12

白煙が大地から立ち上っていた。
それは気化していく有機物を溶かしたものであったし、気化した無機物もそこにあった。衝撃と轟音がいまだ地面を揺らす中、下界を覆う地獄の炎によって起こった風が白煙を吹きさらす。その白煙の向こう、大地に形作られた直径1キロのクレーターの上空で、プラズマによるバリアを今まさに解除したaliceとその空中神殿が現れた。空中神殿はいまだその増殖と改良の為、休まず活動を続けている。Alice の瞳、その中に埋め込まれた熱感知センサーが丹念に生物の痕跡を探す。抉れた大地は太古のままで美しい。何もない、原始の地球の姿だ。その周囲に泥のようにこびりつく文明の欠片の醜さといったら。焼け付いてしまった人の逃げ惑う影や、泥のように融解したビル郡、炭化した骨。まるで骨にこびりついた肉のように、腐り焼け融解していく世界はまだ美しくない。何もないという美こそが至上、正にゼロの根幹こそが、aliceにとっての目的であり理想である。やがて冷徹なゼロの瞳が瓦礫の奥、大人が入り込めないであろうコンクリートの下敷きになった人型の熱源を見つけた。呼吸数、プルス、共に極小、既に死期に近い。まるで命乞いのように反応する少女の形を取った熱源を、無感動にビーム砲で焼却して、再びaliceは世界に目を向けた。空中神殿に集められたデータ上で慌てふためく悪性生物達の活動が見える。それは集合し、散開し、規則性にそって行動を繰り返している。害虫は駆除しなければ。もっとも大きな反応が見えた3キロ先の市街へとaliceが移動を開始しようとしたその時、衝撃があった。

Aliceは振り返りつつ、衝撃の先を見た。空中神殿の一部に、巨大な岩石がめり込んでいる。薄水色の瞳の奥のカメラに映った記憶情報を整理して、弾道を計算する。弾道の先に、緑色の影が浮かんでいる。それは小さな少女の人型で、その周りには悪意と脅威と怒りを具現化した緑色のオーラが渦巻いていた。見るものがみれば正に戦慄、戦慄の名を持って崇められる悪性生物達の切り札が、尊大にaliceを見つめている。
「機械風情が。調子に乗らないで」
拾われた音声は微かなものだったが確かにそこに悪意と憎悪は籠っている。だからaliceは答えずに演算を開始する。目の前の敵性生物を、確認し、観察し、最も効率的な完全沈黙の方法を計算する。敵性生物の周りに憎悪と嘆きに包まれた数百トンの瓦礫が浮上した。人間の遺体と生活を内包した巨大な瓦礫の弾丸はその射程にaliceの真芯を捉えている。戦慄のタツマキが右手を振り下げトリガーを引く、瓦礫の弾丸は一直線にalice本体へと発射された。しかし、刹那に演算を終えたaliceの肉体は、空中神殿を囮に浮上する。タツマキが、逃げたか、と小さく呟く。だがaliceの浮上は止まらない。対流圏を秒速で超え、成層圏に達してもまだ彼女の浮上は止まらない。そして熱圏のそば、音のなくなった宇宙空間で彼女は静止した。そこは質量のエネルギーのない世界、巨大な岩石や瓦礫の影響を受けない世界、そして酸素を必要とする生物の存在し得ない世界。そして彼女はソーラーレイのそばに足を乗せる。GPSは、力を抜いたタツマキの姿をしっかりと捉えている。ソーラーレイエネルギーは充填し、神の光は浄化の祈りをもって発射された。曰く、全てこの世界が悪意を忘れますように。

タツマキは自分の頭上にエネルギーの塊が降り注ぐ感覚を肌で感じる。皮膚が痛み、焼け始める。タツマキを中心にした直径1キロの円、その周囲の物体が気化し始めた。ギロリと空を眺めたタツマキが、aliceの挑戦を受けて立つ。「なめるな」と呟いて、緑色のオーラを展開する。けれど、ソーラーレイとは、神の槍、太陽光エネルギーを集めた熱と質量の大槌、如何な戦慄と名付けられたタツマキの緑の悪意であってもそれを耐えきるのは困難だ。タツマキの周囲に光が満ちる。それは存在を許さない神の光、その光の中で肌を焼きながらタツマキが吼える。悪意そのものを守るために吼える。
「があああああ……………!」
緑色の磁場が、目に見えないエネルギーのバリアが少しずつ融解しだす。漏れ出た光がタツマキの腕をえぐる、脇腹を、頬を傷つける。圧力が更に増した。指先は既に真っ赤に焼けただれている。ばちっと何かが割れる音をタツマキは聞く。眼前に死の光が迫っていた。

「地獄嵐!」

轟音と爆発が共にあった。白い噴煙が丁度タツマキが浮かんでいた位置から湧き上がっている。しかし、その白煙は悪意の敗北ではない。二つの黒い悪意は白煙の中を浮遊し、生存する。咄嗟に放った地獄嵐は功を奏す、破れかけたバリアの代わりとなってタツマキを吹き飛ばし、尚且つエネルギーを相殺した。光の柱がゆったりと消えていく、その様を見ながらフブキは右腕に抱えた小さな姉の姿を見た。ソーラーレイの余波を受け、フブキの左腕も焼け焦げている。グラウンドゼロより吹いてくる熱風がその傷跡を吹きさらす度、声にならない痛みが走るけれど奥歯を噛んでそれを耐えた。中心より距離を取り、動かない姉の体を隠す場所を探す。壊れた瓦礫の後ろにそれを見つけた。大地に足をつけた瞬間、左足もまた酷い熱傷を受けている事がわかったが、その痛みを無視してフブキは姉の状態を確認する。右手は熱傷で腫れ上がっていた。左肩は肉がえぐれて骨が見えている。脇腹からの出血は止まらない。外傷を見る限り既に力は使えない状況、これ以上の力の行使は古傷に障る。気を失ったタツマキの頬を撫でたフブキの手に大量の血液が付着した。ああやはり、脳への影響が大きすぎる。
お姉ちゃん、と震える声で呟いたフブキの向こう、何もなくなった大地の上空に、白い神がゆっくりと降りてくる。感情のない目が、瓦礫の後ろにうずくまる二つの悪意を見つけている。そしてフブキもまた、その女神を見た。恐怖を含めて、けれどもそれに抗う雄々しい悪意を持って、神を見た。

「………何が、愛よ………」

唇を噛み締めたフブキは、死の恐怖に震えながらも立ち上がる。そして二度目は絶叫した。
「何が愛よ!」
崩壊していく世界の轟音の中でフブキは叫ぶ。
「これの何処が愛よ!あんたのやってる事はただの虐殺よ!愛ってね、誰かの為に戦う事よ、誰かの為に動く事よ!誰かを思って行動することよ!あんたは誰の為に何をしたの?!この虐殺が愛なら、誰のためにそれをしたのよ!」

フブキの言葉を音声認識したアリスがCPU内で確認、演算を行う。誰の為か。それは間違いなくプログラム統括者マスター・マザー、その強力な署名が浮かぶ。けれどメモリーの奥、強固なロックのかけられた記憶媒体が微かに熱を発した、その音がaliceの内部に響き渡る。その小さなバグを無視して、aliceは拡声器を利用した。1キロ圏外の機能している拡声器、電子機器の電源を起動させた。ハウリングの波が、フブキの周囲を包囲する。
〔私はマスター・マザーのプログラムに従い、人間を観察しました。その結果、人間は愛を行うに相応しくない悪性生物であると判断し、愛を行う為にこの粛清を行なっています〕
聞こえてきた雑音にフブキは唇を噛む。彼女はプログラムだ、実に高度な。プログラムは機械に於ける本能、人間が食い眠り排泄し生殖するのに等しい本能としてのプログラム。その上で行う虐殺に、良心の呵責などないだろう。そして、言葉もまた意味を成さないのだろう。
〔貴女が言う行為が愛と言うのであれば、愛という崇高な行為は人間のみに許された特権行為であると認識出来ます。では何故〕
再びaliceの中に熱が走った。メモリーのバグに関する不具合である。
〔では何故、愛を特権的に行える人間はマスターに誰も寄り添わなかったのですか?〕

煩雑な機械音声の網に耳を痛めながらも、aliceを睨みつけるフブキの網膜に影が映った。小さな白い点の様なaliceの手がゆっくりと振り下ろされている。咄嗟に上空を見た。白い光が彼女の上へ正に降り注がんとしている。即座に振り返り、横たわる姉の体を担ぎ上げた。痛む足を引きずりながら、空中へ浮遊する。熱が背中を焼き始める。後ろ髪が焦げ始める。胸の中で姉の小さな身体を抱え込んだ。だれか、とフブキは祈り始める。誰か助けて。脳裏に浮かぶのは黄色の服をきたハゲ頭。あの背中の後ろなら、とフブキは思う。初めて会ったときの様に、あの背中の後ろであるなら生きられる。思考の先が白い光で霞み始めた。光から目を守るため目を閉じようとしたフブキの視界の端に黄色が見えた。だから彼女は足を止める。

「必殺、マジ殴り」

気の抜けた声が響く。笑ってしまう様な危機感のないその平坦な声が、死の光を引きちぎり粉砕する。マジ殴りの風圧は大気圏を超え、物理的質量となってソーラーレイシステムを破壊した。宇宙空間にて音もなく分解していく衛星がやがて重力に引かれ落下するのに、そう時間はかからないだろう。地上では光を粉砕したヒーローが、黒い女を抱きかかえている。意思も何もない、ただ涼やかな笑みを浮かべた黄色い服をきたヒーロー、サイタマがフブキに言った。
「ナイスファイト」
安心に気を抜いたフブキの超能力が一瞬解ける。落ちかけた体を支えて、サイタマが両足で地面に着地した。抜けた腰のまま地面にへたりこみ、それでもサイタマ、と呼びかけたフブキの前に白いマントと黄色の背中が見える。何故かフブキはそれを美しいと思う。例えようもなく美しい、と。
「タツマキを頼むな、フブキ」
呼びかけられてフブキは涙を吸い上げる。ヒーローに涙は似合わない。
「あの機械、叩いて修理してくるわ」

強く地面を蹴ったサイタマの足が地面に大きな穴を開ける。飛翔していくサイタマの向こうに沈み始めた太陽が輝いている。愛とは。とフブキは機械に問われた命題を繰り返した。エゴイストの自分が感じられる愛とは。人間は利己的だ。残虐で不十分だ。けれども、それに立ち向かうあの背中こそを彼女は愛だと定義する。

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