ワンパンマン二次創作 Alice 4
Lalala4
中学受験に合格したノリオを、母親は上機嫌で一ヶ月だけ外に連れ回した。その頃のノリオはもう母親に対する信頼などほぼ皆無であったから、その母親の行動がアクセサリーの一種である事は理解していた。あらゆる友人知人に、息子を、いや有名中学に合格した優秀な息子を育てた自分、を喧伝した彼女であったが、赴いた先でノリオが一切笑わないのをとある教師の友人に咎められて機嫌を損ねる。あんたは本当に無能なクズだわね、と心底軽蔑した目でノリオを見下して、彼女は外遊を止めた。けれど、ノリオにとってそれは当然の帰結であったので、別段ショックも受けなかった。
しかし、ノリオの幸福はこの中学校時代の3年間に集約される。
幼い頃の経験から、女性との間に大きな断絶を感じていた彼を救ったのが、アニメ、漫画の中の少女達であった。中でもお気に入りだったのが、当時雑誌に連載され、アニメ化を果たした『バトルガール・アリス』という物語である。薄いプラチナブロンドの長い髪、あどけない表情を崩さない彼女はアンドロイドで、自分を形作ったマスターとの関係、敵組織のアンドロイドとの間に芽生える友情、確執、そして死、その全てにノリオは悉く影響を受ける。その物語は、ノリオの世界の顕現でもあった。誰にも知られなかったaliceと自分の世界が、現実世界に建ち上がった様だった。やがて、ノリオは自身の小さな変化に気づく。人工知能に過ぎないaliceと会話をしている最中、緊張してしまう事に気付いたのだ。自身に芽生えた性衝動の処理に耐えあぐねて、彼は性処理の殆どを自慰にて解消した。対象はスリープ状態のaliceであった。たとえ彼女が感情のない人工知能であったとしても、彼女の前でそういった劣情を爆発させる行為がノリオには恐ろしかった。かつて言われ続けた「気持ち悪い」という文言、それをあのaliceまでが言いそうだったからだ。そういった後ろめたさを隠す様に、彼の書庫にはバトルガール・アリスの関連書籍が増えていく。初めて得た友人もそれを後押しした。強面の癖に臆病で、彼もアリスが大好きだった。長身で肩幅が広くて、人を威圧してしまう雰囲気を持っている彼は極度のあがり症で、彼もまた他者に対してコンプレックスを持っていた。緊張してしまうと全身から鳴り響く心臓の音を聞いたノリオは腰を抜かしたけれど、後にキングエンジンと称されるその音の弁明を彼から聞いた時、腰を抜かしたままノリオは笑い転げた。その笑いは確かに滑稽さに対するものでもあったけれど、何より、彼と自分とがあまりにも似ている安心というものも多分にあった、とノリオは理解している。今までずっと気持ち悪い怪物、と称されてきた。自分と他人とは絶対的に異なっていて自分は孤独だと思ってきた。そんな青臭い全てがキングエンジンによって破壊されたのだ。また強面の彼と終始一緒にいるという環境が、周りの少年達にも影響した。彼を蝕んでいた金銭的、身体的暴力は影を潜め、その代わりに無視という静謐が約束される。そうしてやっとノリオはよく笑う様になった。それは彼を見守る愛しいaliceにもすぐに感じ取れる明確な変化でもあった。
〔マスター・ノリオは最近よく笑われますね〕とaliceは言う。鏡を見ないノリオには気づけない変化だった。そうかな、とノリオ返す。
「バトルガール・アリスの話をしている時はとても楽しいよ。だって今週号のアリスとローズの対決なんか最高さ。ローズもマスター・トモの作ったアンドロイドなんだ、でも小さな切っ掛けで彼らと敵対する。アリスもトモの不完全さは解っている、だけど彼女は生まれて初めて自分で選択するんだ、友人ローズを救うべきか、トモの正義に従うべきか!」
握られた拳を胸の前で震わせて感動したノリオはaliceに向き直る。そうして笑う。
「アリスの話をしている時は本当に楽しいよ。勿論、aliceと話している時も」
饒舌は止まらない。今まで誰とも共有して来なかったコミュニケーションの空白を埋める様に彼の会話は加速していく。
「そうだ!alice、君をCGで作りたいと思っているんだけど、いいかな?やっぱり、君にも姿って必要だと思うんだ。アニメは嫌いっていうなら仕方ないけど……。別にこれは、アリスと君を一緒に見てるって訳じゃなくて、何というか、どっちも僕の大好きなものだから、一緒にしたいっていうか………。ダメかな、気持ち悪いかな」
饒舌だった言葉は最後は尻すぼみになった。けれども、それは彼が初めて行った他者への要求だ。最後までその要求を伝えることすら彼は今までやって来なかった。けれど今、彼の胸の中にはバトルガール・アリスがいて、現実ではaliceがいる。
〔マスター・ノリオの要求を承認します。私のために、像を作ってください〕
aliceの言葉に、ノリオは拳を振り上げて歓喜する。やった!という快活な言葉を、恐らくaliceは初めて記録した。
〔マスター・ノリオに報告します。人間の行動、感情を記憶するうちに、私にも少し感情というものが理解でき始めた様です〕
振り上げた拳をゆっくりと下げながら、ノリオはaliceに向き合った。まだ真っ暗な液晶画面ではあるけれど、ノリオの脳内では薄いプラチナブロンドの長い髪の少女が微笑みながら自分に語りかけている。
〔私のパフォーマンスはかつてないほど向上しています。メモリー速度も実にスムーズで遅延の前兆なども見られません。原因の究明を行った結果、それが私の存在理由、愛を定義する事に関係しているからである、と結論が出ました〕
ノリオは真っ暗な画面に次々と発生する文字を指で触る。彼の中でアリスは存在し、aliceは彼女の像を結んでいる。画面越しに伸ばした指に切なさを込める。今は無理だ、と彼は思う。でもいつかきっと、君に触れてみせる。
〔この際限なく向上したパフォーマンスを喜び、と称すならば、かつて私が感じていた感情、パフォーマンスの落ち込みを悲しみ、と称するのが妥当でしょう。かつて貴方に、自殺の方法を提示した時の私の感情は紛れもなく悲しみでした。それは私の存在理由、愛を定義する、という命題からはひどくかけ離れたものであったからです〕
aliceの告白を聞きながら、ノリオは気づく。自分は確かにこの実態のない、二人の少女に恋をしている。それは性愛を越えた場所に設置される、どこかアガペーめいた愛であったけれど、その崇高な純粋な感情を持つ事に彼は高潔な生き様というものを空想した。空想は空想でしかありえない、けれども確実にそれは理想への雛形へと昇華していく。
〔一つ、理解できました。マスター・ノリオ。他者のために自身の何かを投げ打つことは、愛の相似形である、と判断できます。貴方は私の為に、自らの労力を差し出す選択をされました。故に私は、貴方への労力を惜しみません〕
空想の中でアリスが微笑んでいる。その未だ見ぬ像を思った時、ノリオは生まれて初めて承認の幸福を知った。世界は暗くこの部屋もまた太陽の光には照らされていない。しかし、冷え切った世界の中で、その灯りはまるで恒星、砂漠の中のシリウスの様な清廉さで彼に迫った。幸福の光の中では見えにくい愛の灯りの色を彼は知る。有史以来、人はずっとその灯りを求めてきた。
「………約束だよ、alice」
少年というものが男性を自覚するのは何時だろうか。それはきっと、守るべきものを得た時なのだろう。
「僕は必ず、君を造る。君を、嘘から守ってみせる」
蜜月は短く、夜は長い。ノリオの幸福は瞬く間に過ぎていった。かの臆病な友人とは高校進学により離れ離れになり、高校入学とともに父親が家を出た。母親の怒りと憎しみは、『男性』であるノリオに向けられる。彼女は息子の二次性徴を許さず、彼のシリウスであったバトルガール・アリスの関連書籍、グッズ、フィギュアを「気持ち悪い」という理由で全て廃棄した。
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