亡霊
女は白痴が好いね、とその男は言った。
長閑な小春日和の中、団子屋の軒先で男二人で交わす会話にしては少々毒が強すぎるので、銀時は顔を顰めた。隣に座る線の細い青白い男は、散る桜を眺めながら笑っている。
「俺ァ、馬鹿は駄目だなぁ。何するかわかんねぇだろう」
そう呟いて団子の串に噛り付いた。隣の男の毒で苦くなった口内が、桜団子の程よい甘みでどうにか緩和されていったので、銀時は散る桜に目をやることが出来た。この桜も今日が見頃だろう。明後日は雨だと聞いたので、その頃には大半が散ってしまうと想われた。
「何をするかわからないから好いんじゃないか」
と男は笑っていった。銀時の隣に座ってさっきから茶ばかり飲んでいるこの男は、売れない書生であった。幼い頃から細くやせ細った筋ばかりの体を持って、青白い頬を引きつらして笑っていたので、多くの作家がそうであるように彼もまた夢想にて自分を救おうとした。が、体の奥にまで染み込んだ不健康さは中々取れがたいものらしく、彼の書いた作品が本屋に並んだという話を、銀時は聞いたことがない。その事実をやはり文弱らしく、俺を誰も理解しないからだと、吐き捨てている。
何をもって理解というのか、銀時にはよくわからない。そして理解されない孤独を抱えた人間というのは、死に急ぐものかと考える。事実この男は二度自殺未遂を犯している。二度目の自殺は入水だった。飛び込んだ先にたまたま銀時が歩いていて、助け出された。それが縁で、時折こうしてばったりとであった先で茶を飲んだり、酒を飲んだりしている。この男と酒を飲むと未だに其の時の話をしはじめる。そしていつも最後に、死なせてくれればよかったのに、と締める。
今までこういった人種と関わったことのない銀時ではあったが、三流であっても書生、話も中々面白く根は悪い人間ではないのでこうして付き合いを続けている。しかし、またいつ川に飛び込むのか心配でもある。
「何をするか、わからないから好い。もしかしたら、殺されてしまうかもしれないから好いんだ」
男の口から出る厭世的な死の文句も、銀時は聞き飽きた。死ぬ、死ぬという人間ほど死なないというのは本当の事だ。
「それより、本は売れてンのかい」
延々と続く自殺文句を見切って、話題を変えた。書生はふん、と鼻を鳴らして神妙になった。
「今はポルノを書いているよ」
金になるからね、と呟いてまた茶を啜った。売れない作家が糊口を凌ぐ為には必ず通る道だ。
ポルノと聴いて銀時の目が輝いた。
「へぇ、色気があるね。取材の内で好い女は見つけたかい」
「そこだよ、好い女が見つからない」
溜息をついて、書生は続けた。
「考えていたんだけどね、僕ァどうも白痴が好きらしい。ぼんやり人形のように微笑んで、着崩れしている女が好いんだ。唇はぽってりと赤く、薄い方がいい。床の中では、気違いの様になる方が好い」
そりゃァ好いな、と銀時も笑う。
「普段清楚でお人形の様に収まってる女が、夜になると淫らになるってなァ好いね。精も根も吸われ尽くしてみてぇもんだ」
うんうん、と首を振って書生も答える。
「絡み付いてくる女が好いんだ。その情の深さで男を取り殺してしまうような女が好い。それで居て、堪らない位美しい、可愛い女が好い」
そりゃァ、過ぎた望みだなァ、と締めて銀時は笑った。
「今日日、そんな女ァいねェよ。どいつもこいつも強くなっちまってよゥ」
風が吹いて桜を散らした。書生はぼんやりと黙ったまんま、散る桜を眺めている。しばしの沈黙の後、男は口を開いた。「花のような女は居ないかね、銀さん」
花。花の名前で最初に思いつくのはあの女だった。けだしあれは桜ではなく、あやめだ。あやめは強い。乾燥に負けず野や畑で花開く。同じ仲間である杜若は水がなければ生きれないのに、あの花は水はなくとも逞しく咲いている。
「居ねぇなぁ」と答えておいた。
そうか、と断って、再び沈黙した。目の前を公然と白い桜の花飛沫が舞って行く。書生が求めているのは、恐らく桜だろうと銀時は想った。桜の下には、鬼が出るという。男を取り殺す、可愛い女の鬼が。
深い沈黙を破ったのは、女の声だった。それは、確かに銀時の名前を呼んだ。「あら、銀さん」
振り返るとそこにはあやめが在った。花飛沫に隠れていて、いつもより好い女に見えたので、眉を顰めて女に呼びかけた。「なんだ、お前か。何やってんだ」
現れたのは猿飛あやめであった。仕事の帰りらしい。いつもの忍び装束ではなく、町娘が着ている、-といってもかなり上等なー着物を清楚に着付けて、俯きながら頬を赤らめている。こういう姿を見る度に、あの天然と目が良かったら、と歯噛みするのだった。
「仕事の帰りなの。銀さんこそ、何やってるの?」
座ったまんまで、女を見上げた。
「あァ、ちょっと知り合いと猥談してたんでな」
隣で黙ってそれを聴いていた書生が、ふふん、と肩を揺らした。それを見て、あやめも小さく会釈を成す。黙ったまま、書生もそれに返した。
「銀さんはいっつもつれないわね。私をお茶に誘ってはくれないの」
あやめが拗ねた様に銀時に言う。
「あァ?なんでお前と茶飲まなきゃならねェんだ」
吐き捨てる様に言ったら、あやめが愚図った。
「嫌だ。私は貴方を見守るティンカーベルよ。今日も300メートルは貴方を見守りながら歩いていたんだから」
「俺ン家は、こっから300メートルほどだ。やっぱ手前ェ、家から付けてきやがったな」
始まった夫婦漫才を細めで見守りながら、書生はまた茶を啜っている。桜がはたり、はたりと涙の様に地面に降り注いでいる。銀時と何かしら言い合っている女は賢かった。そして美しかった。それを見ながら幸福に胸が焦れた。薄く笑って、二人にぼそりと呟いた。
「美しいな」
書生の言葉を聴きつけて、銀時は振り返る。「あ?」
「美しい女じゃないか。銀さんも悪い奴だ。こんなに好い女を隠してるなんて」
何言ってんだ、ストーカーだぞ、こいつ、とまくし立てる銀時に、書生はあの薄気味の悪い笑顔を浮かべて二人を見上げる。
「花のような女が好いんだ。その人はまるで花じゃないか。銀さん、アンタがいらないというのなら俺が貰ってもいい。どうだい」
筆が進む、と押し殺すような笑いを喉の奥で男は成した。それが何故か気に入らなくて、銀時は言う。
「好きにしろィ。 言っとくけどなァ、こいつはマジでうっとうしいぞ。普通の男だったら尻尾巻いて逃げ出してらァ」
憮然と腕を組んだ銀時に向かってあやめが口を差す。
「いい加減銀さん、私の気持ちに気づいてよ。私にとって銀さん以外の人類は全て石ころと同じなのよ」
特に男なんて、と言いつつ銀時の隣に腰を寄せる。きり、と上がった眉毛が可愛らしい。眼鏡の奥の目はやはりこの状況を楽しんでいる。そして銀時も、さほどそれを嫌がってはいない。絵になる二人だった。書生の目が滑る様な嫉妬に染まる。けれども彼はその骨の髄まで不健康であったので、嫉妬に気もつかず薄く笑った。そうして腹の中で、この女が淫らに、淫猥に、よがる様子を思い描く。
「お邪魔の様だ」
と呟いて、書生は席を立った。そういわず、と引き止めた銀時に、何処を見ているかわからない能面のような笑みで書生は答える。
「その人を見ていたら、なんだか筆が進む気がしてきたよ。いいものを見せてもらった」
お礼に代金は俺が持つよ、と付け加えて書生の背中が遠くなる。背中を見送りながら銀時の中に、釈然としない不快感が沸き起こった。隣できょとんとこちらを見ている女が、あの男の中で素裸にされているようで、居心地が悪かった。
「おい」
とあやめに呼びかける。何か悪いことをしたかのような気分になって、あやめの口から「あの、ごめんなさい」と言葉が漏れた。それにちげぇよ、と答えた後、銀時もまた席を立って女の絡みつく腕を振り払う。振り払っていながら言葉をかける。
「今日の夜10時、いつもの所で待ってろ」
それは合図だった。去っていく桜飛沫の中の銀時を見ながら、あやめの薄く開いた唇から吐息が漏れる。濡れ始めた唇の色が。段々と女の色に染まっていった。
江戸の町外れにあるこの連れ込み宿は、知る物しか知らぬ場所であった。一階は酒場になっているのだが、二階には数部屋の寝床があり、その寝床で睦み合うのは不倫のカップルであったり、春をひさぐ夜鷹達である。ある程度酒を飲み、肴をつつき、頃合になれば酒を出す給仕の女に声を掛ければ二階へ床を取ってくれる。あとは女を抱いて朝まですごす、そういった裏風俗の店でもあった。
10時過ぎに枯れた紫陽花が目立つその店の暖簾をくぐった。顔中におしろいを塗りたくった60過ぎの婆がここの経営者だ。銀時の顔を見て、真っ黒い歯をにまりと覗かせた。
「お盛んだね。部屋は松の間だよ」
煙管から吐き出された緩い紫煙に巻き込まれながら、婆の口元に赤く引かれた紅を見た。ふん、と鼻で笑って婆に毒づいた。
「お盛んは俺じゃねェ、あんたの事じゃねぇか。その年でおしろい塗りたくりやがってよ。まだ客は逃げてねェのかい」と聴くと、あがっちまったからね、出し放題さ、と笑った。気色悪ぃ、と返す銀時に婆は臭い口を近づけてそっと耳打ちをした。
「あんたあの夜鷹どこで見つけてきたんだい。あんな器量よし、ここいらじゃ見ないからね。うちで働かないか、あんた一つ口聞いてくれないかい」
考えとかァ、と手を振って二階への階段へ足をかけた。思い出して婆に声を掛けた。
「酒と肴はあんのかィ」
片手で煙管を抱えた指が色気たっぷりに揺れて言った。
「酒は持ってあがってるよ。肴はいいのがあるだろう」
しわがれて下卑た笑いが銀時の耳を差した。答えずに暗い宿の階段を上がっていった。
松の間の襖を開けると、そこには昼間に見た女が座って外を眺めている。ここからでも名所である桜並木が月光に揺られて美しくみえるので、それを眺めていたらしい。音に驚いて振り返り、あやめは銀時を見つけて頬を染めた。そうして何も言わないまま、また顔を外に戻した。
「色気がねぇなぁ。着物ぐらい脱いで待っとけよ」
「他の人が入ってきたら嫌だもの」
あやめの答えにふん、と鼻を鳴らし彼女の後ろに胡坐をかいた。直ぐ傍には赤い布団と、盆に入った酒が置かれている。
「桜が見頃だな」
目に入ったのはあの掠れる様に浮かぶ桜並木だった。その言葉に、ふとあやめは振り返り銀時に声を掛ける。
「昼間、何を話してたの?」
ここに来るまで忘れていた事が、あやめの一言で思い出された。あの滑るような書生の視線、筆が進むと言ったあの男の声色。それが腹立たしくて仕方なかった。この女を抱くのはこれが初めてではない。が、銀時にもなぜこの女を抱くのか未だにわからないでいる。見目の良さだけで女を選んで痛い目には山ほど会って来た。ならば何故またこんな、こんな悪条件の女を抱くのだろう。
この女が、何かしら解って全てやっている事はその行動などから感じ取れる。こうしなければ、銀時は彼女に興味も持たないだろうし、抱こうという気にもならなかっただろう。この女は断じて白痴等ではない。色に狂って男を取り殺すようなそんな甘い女ではない。
手酌で酒を注いだ。くい、とそれを一気に飲み干す。丁度良い感であった。酒はこういう時にいい。酔っていなければ愛すこともままならない。
女の肩に手をかけた。
「お前がいやらしいっつう話をしてた」
ぐ、と胸の前の合わせを引き剥ぐと、たわわな乳房が零れ落ちた。にまりと笑って銀時は言う。
「下着はどうした。付け忘れたか」
言いながら女の首筋に唇を寄せる。ふ、ふ、とあやめの口から吐息が漏れた。
「こんな事してんだ。下も準備は出来てんだろう」
着物の裾を強引に払って、股の間に指を捻りこませた。「あ」とあやめは高く鳴いたが、やめはしなかった。指先が滑った秘所を探り当てた。銀時を押し返すあやめの腕の力がすう、と抜ける。その代わりに嬌声が、彼女の喉からこぼれ出す。
「あ、あ」
ずる、と抜けた体を引きずって、赤い布団の上へ寝かした。自分も着物を取り去って彼女の上へ覆いかぶさる。ふと目についたのはまだ感の残る徳利だった。引っ掴んで煽る。
口の端から酒がこぼれた。全ては飲み込まず口の中に酒を含ませたまま、あやめの頭を強く抱いてその口内へと酒を送り込む。舌と酒が絡まって、受け切れない酒の雫があやめの口の端から流れて落ちていった。
行灯に虫が寄ってはためいている。が、その揺れる光の中で深く二人が交わっている。
銀時の目の前に大きく開かれた秘所の中には自分の一物が埋没し、ゆっくりと輸送を繰り返している。奥をつついてやると、焦れたあやめの嬌声が薄闇の中に響き渡る。
「どうした」
と銀時は声をかけた。
「今日はいつもより激しいンじゃねぇの?」
浅く、浅く、そして深く。一撃にあやめの体が反り返る。「あうッ!」
枕を強く引っ掴んで、反り返り制御の出来なくなった体を必死で戒めている。あやめの秘所から湧き出る愛液も普段より濃くねばっている。其れが銀時の一物で擦れるたびに、ぐちょり、ぐちょりと淫猥な音をたてて泣き叫んでいる。「すげえ音だな、おい」
呟くようにかすれた声を出しながら、枕を掴んでいたあやめの腕がじわりと降り立ってきた。大きく開かれた内腿にゆっくりとその両手が這い寄ってくる。大きな乳房を押しつぶしながら、彼女は足を抱え上げた。其の上で熱に浮かされたように呟く。
「は、は、・・・ん、して・・・もっとして・・・もっといやらしくして・・・」
煽られて銀時もあやめの腰をぐっと掴んだ。熱い吐息の漏れる唇を舌でふさぐ。あやめからも突き出された舌が二人の間で生き物のように絡んでいる。
「あ、気持ち好い・・・すごいきもちいい・・・銀さん、銀さん」
ぬめる体液と唾液と愛液が、まるで自分を全て絡めとっているような気分になってくる。こんなに乱れる女だったかと、銀時は思い返す。こんなに淫らで、こんなに男を煽るような女だったか。
頭の奥にあの書生の言葉が逐一蘇ってくる。淫らな女がいい。床の中で涎を垂らしながら、うっとりと微笑む女が好い。正に今のあやめだった。口の端から唾液をこぼし、銀時の全ての口付けを想う様受け、受け返し、まだ求めてくる。
「演技してんなら、銀さんショックだなァ」
頭に沸いた嫌な考えを打ち消すように冗談を言った。けれどもあやめにそれを答える余裕はないように見える。
「ちが・・・すごいの。すごいの、あ、」
ひくひく、とあやめの中が痙攣しはじめた。絶頂が近いことを経験から悟る。
「あ、駄目。イきそ、う」
額の汗にへばりついた彼女の細く艶のある髪が、じわり、と右へ寄った。苦しそうに何度も肺と大きな胸を上下させながら、震え始める意識に身構えている。
彼女の足がく、く、と前方へと伸びていく。頭を振って湧き上がる快感を遠ざけている。けれども抗いがたい力でもって、情感は彼女を虚空へと持ち上げて意識を飛ばしてしまうのだ。銀時の輸送が、自分の子宮を揺らすたびに、それは更なる魔力をもって自分を突き上げてくる。
腹の奥が、意と反してぐ、っと締まる感触がした。体中に絶頂が伸び上がってくる。
「あ、あ、あ、ああ、あ!い・・・!イっちゃ・・・イっちゃう!あ!あ!イくううううううう!」
ぎゅうぎゅうと万力のような力で、その癖真綿の優しさで、そしてぬめる肉のうねりで銀時の一物は撫でられた。中の襞が奥へ奥へ自分を引き込むような感触がして、其れが自分の一物全てを撫で上げているのでたまらない。腰を止めて、あやめの絶頂が治まるのをまつ。歯を食いしばって暫く耐えていたが、腹の奥の方からこれまた抗えない射精感が盛り上がってきた。何も考えられなくなって遮二無二腰を振った。「出すぞ」と荒く言い放った。
「頂戴」と涙で濡れた声であやめが言う。「沢山頂戴。銀さんの一杯出して、中に出して」
あ、と思わず声が漏れた。眉を顰めて、腰を深く突き入れた。
自分の陰茎があやめの膣の中で飛び跳ねているのがわかる。どくりどくりと吐き出された真っ白な精にもしかしてあの不安が隠れているのかもしれない。それをあやめの体が美味しそうに飲み込んでいく。たった一滴でも残さぬように愛しそうにあやめの中が蠢いている。
まだ射精が終わらない。「は」自嘲気味な笑いが漏れた。
「くそッ・・・!まだ出る・・・」
長い快感だった。ようやっと収まったそこを見る。中がどうなっているのか推して知れる。
「ティッシュ何処だ」枕元を探すと、安い蒔絵のされたティッシュいれが目に付いた。どうにか手を伸ばしてそれを引っ掴むと、5~6枚をささと取り出した。「抜くぞ」といいつつ腰を下げる。
腰を抜く傍から、あやめの中に出した自分の精液が零れ落ちてきた。壮観な絵ではあるが照れくさい。手に取ったそれで、漏れ出る精液を押さえ込んだ。処理も終わって、あやめを見るとまだ絶頂の余韻に浸っている。ふう、と一息入れると酒が目に付いた。徳利と猪口を引き寄せてまた手酌をする。酒はもう冷えていた。
あがる息を整えてあやめを見ると、彼女も空ろな表情でこちらをみる。そうして小さく彼女は呟いた。
「銀さん」
あ?と答えてやる。
「もう一回、して」
けだるげに体を揺らしながら、指を咥えてあやめは低く笑っている。
目を細めてあやめを見た。まるでこれでは、白痴ではないか。
夢を見た。
素裸のあやめが、柱にくくりつけられていて目を布で覆われている。好い絵なのだがそうではない。銀時の体もまた何かに縛られているようで動かない。あやめの周りに散っているのは桜だった。違う、と何故か銀時は想う。それは桜ではない、あやめだ。桜はこいつにゃにあわねぇよ。やめてくれ。それでも体は動かない。
ん、ん、とあやめが焦れた声を出す。隠すように閉じられていた足がゆっくりと開いていく。やめろ。俺の前でそんなものをみせるんじゃねぇ。何度か体を振ったが動かない。何かないかと周りを見渡すと、剣があった。あれならば自分を縛り付けている何者かを切り裂けるように想われた。剣を凝っと見る。するとそこから何かが這う音がする。目を凝らしてそれを見てみると、あの書生だった。両腕と両足を付け根から切り取られ、体を使って蛇のように男は這ってきた。そしてあやめを見ると口一杯に含ませた涎をだらだらと流し始めた。
やめろ。声がでない。其れは俺のだ。俺のもんだ。体が動かない。銀時の鋭い目を一瞥して書生はにまりと笑った。首に掛かっている縄を引きずりながら、書生はあやめの足の間へと顔を寄せる。やめろ!腕が痛む。あ、とあやめが高く鳴いた。ぎりぎりと体が壊れる音がしたが、痛みよりも先に怒りがあった。それに手を出すな。書生に向かって吐きつけたが、まるで聞こえていないようにも思える。
あ、とあやめの体が反り返って、彼女を縛る縄が鳴いた。ふっくらと色づき始めた乳房と、立ち上がり始めた乳首は感じている証拠だった。やがてあやめの縄が解ける。愛しそうに書生の気味の悪い頭を己の秘所に押し付けて、ああ、ああ、と鳴いている。怒りで腕が千切れたので、右の肩が自由になった。
今度は足を前にだす。がくん、と体がずれて、左の足が自由になった。しかし体は垂れ下がっているに過ぎない。素裸のあやめが悦な声をあげて喜んでいる。全身を桃色の汗で染め上げて、書生の舌の愛撫を受けている。ああ、気持ちいい。今度は右足が自由になった。左の腕だけが、どこかにぶら下がっているので、あとはそれを切るだけだと想われた。
書生はあの気味の悪い笑みを銀時に向けながら、顔をぐぐと上に向けた。口から生えた大きな舌がぐずりぐずりと形を変えて、巨大な陰茎へと成り代わった。てめえ、それをしたらどうなるかわかってンだろうな。書生は目を弓なりに細めてゆったりと顔を下げていく。
銀時の歯が自分の腕へ食い込んだ。口中に血の味が広がったが、痛みは全く感じなかった。喉を開いて、書生の陰茎を待つあやめを睨みつけながら骨を噛み砕き、肉を引きちぎった。
潤んだあやめの入り口へ、書生の舌がのめり込もうとしたとき、それを頭上から貫いた刀があった。引きちぎった腕に刀を握った銀時が、書生の首を一突きにしていた。
想像するのは勝手だがよ、手を出すのは許さねぇぞ。
首から刀を引き抜くと、飛沫のような血が沸いた。返り血を浴びて銀時は冷たい瞳で書生を見た。動けぬ体で、へ、へ、へ、と笑いを繰り返している。
気がついたら、五体無事であった。刀を強く握り返して、書生の口元で揺れる不気味な陰茎めがけて、銀時の刀が振り下ろされた。
目を開ける。松の間の天井が見えた。夢か、と解ったら溜息がもれた。深く息を吐いてまた目を閉じる。隣であやめが寝ている感触がある。暖かい肉の柔らかさがある。「銀さん」
目を開けたら綺麗なあやめの顔があった。心配そうにこちらをのぞきこんでいる。「どうしたの」
うなされてたわ、と言いつつあやめの指が銀時の頬を撫でた。なんでもねぇよ、と嘯きながらあやめから目が離せなかった。ゆっくりとあやめの頬を包んだ。不思議そうな顔をしてこちらを見る女に、白痴の気配は見られない。
「なんでもねぇよ・・・」
頬から降りた銀時の手の平はあやめの項を抱きかかえた。不思議そうな顔を引き寄せて口付ける。舌であやめの口内をいじくってやる。ん、とあやめの鼻から息が漏れた。飛び起きて銀時はあやめを組み伏した。「銀さん、新八君やってくるわよ」
「ほっとけ」と言いながら最初に愛撫したのは、あやめの秘所だった。舌でそこを拭ってやると新鮮な塩の味がした。
桜はもう散ってしまった。葉桜に虫がより、季節はもう直ぐ五月だった。その桜の下の物陰で、銀時とあやめが交わっている。こんなところで、とあやめは抗議したがいつもと違う銀時の様子にされるがままになった。声を潜めていると、銀時から低い抑えた声が掛かる。「声だせ」
だって声だしたら、と抗議すると既に入っている銀時の陰茎で腹の奥を突かれた。喘ぎ声しか出なくなった。
「聞かせてやるんだよ」
そういいつつ、暗い物陰で銀時は腰を振っている。
「あ、あ、あ」
「聞かせてやるんだ・・・」
腰をねじり、螺旋のような荒い抽出が始まった。それはいつもの銀時とはまるで違った、荒く激しい動きだった。「あ、ああッ!銀さ・・・ぎ、んさ・・・!」
「あいつに聞かせてやれ」
あやめの肩を強く掴んで、銀時は言う。「あの屑に聞かせてやれ、お前は俺のもんだってなァ」
あやめには何の事かわからない。わからないけれど、銀時が激しく自分を求めていることだけはよくわかる。「出すぞ」
気遣いも何もないセックスだった。それでも彼の、この一面を見ていることが、自分の中で爆ぜてくれることがあやめには幸せでたまらない。
銀時の陰茎が硬く熱く、大きくなった。爆ぜる瞬間、体の奥の一番よいところに当たってくる。ぶるっと体が震えたら、それがそのまま絶頂になった。
「俺のもんだ・・・」銀時が呟いている。「だれに渡すか・・・!」自分を抱きしめてそう呟いた銀時に、あやめも体を震わせながら答える。「わたしは、ぎんさんの、ものだもの。ぎんさんいがい、いらないもの・・・」
桜が散り終わる前、かの書生は自殺したらしい。死後三日経った雨の夜に、自宅で首を吊っているっところを発見された。死亡推定時刻は夜10時を過ぎた頃だという。たった一筆書き残された遺書には、こう書かれてあった。
『何者をも愛さず、何者にも愛されなかった私は、今日初めて恋というものを知りました。
恋を知ってしまった屍には重過ぎる想いなのです。死ぬより他に道はない。』