おぞましい二人
男は銀行員と専業主婦の夫婦の元に生まれた。優秀な兄といつも比べられ、お前は銀行員の息子なんだぞと尻を叩かれて育った。父親はタバコと酒とパチンコを生き甲斐としていた。たまにパチンコで勝つと景品のお菓子をさも愛情そのもののように仰々しく男に渡した。男はそれを自分の部屋に持っていき、チラシで何重にも包んで捨てた。父親は誰かを呼ぶ時、言葉や名前の代わりに人差し指と中指をピンと伸ばして腕を叩いた。男は手を近づけられると体が跳ねるようになってしまった。成績だけが全てだと叩き込まれた男は、まともなコミュニケーションの仕方を覚える事なく成長し、社会人となった。男は一級技師として一応は尊重され、言われた仕事をこなしたが、周囲と軋轢ばかり起こした。
女は会社員の父と農家の母の間に生まれた。母は農家として大学には行かず若い頃から働かされ、深く愛し合った恋人がいたにも関わらずお見合い結婚で父と無理矢理結婚させられた。父の地元に移り住んだ母は孤独から地元に帰りたいと日々泣き、孤独を埋めるようにひとりの男の子と、そして女を産んだ。母は孤独からか女にきつくあたった。子供のころからお前は残念な顔だと言い聞かせ、女が小学生になると働きに出て女を一人にした。女が思春期になると足の太さや胸の小ささを自分と比べ誰に似たのかと揶揄った。そのくせ女の兄にはめっぽう甘く、お前は男だから何をしてもいいのだと家事をする女の側で言い聞かせた。女は自分に自信がなく、派手なグループに属し、弱いものを見下し、虐げる事で柔いアイデンティティを守り抜いた。女は大学に行って英語を勉強する夢を持ったが、女の母は、女は大学に行かなくていいのだと言って許さなかった。大げんかの末、短大に行くことだけは許された。女は卒業後塾講師として働いたが、母親の結婚しなさいという一言で見合い結婚をさせられることになった。
男と女が出会ったのはその時であった。男は結婚はするものだと漠然とした通過儀礼のように考えており、女は自分の自由を奪われることが嫌で愛を持たなくていいような相手を選んだ。女は白いウエディングドレスを着たがったが、母親の一言で緑のウエディングドレスを着させられた。女はその後永遠にそれを後悔した。
女は最初は自由奔放に遊びまわって、まるで父などいないように振る舞ったが、30代の手前になり、学生時代の派手グループにいた友人達が皆子どもを産むのを見て慌てて子どもを作った。男は漠然と、結婚したからにはそういうものなのだろうと思っていたので従った。第一子は女の子だった。控えめで、賢く、小麦色の肌をしていた。女はその子にお前の肌は黒いから美しくないと言い聞かせた。さらに男の子も生まれた。男の子はサッカーが上手くて顔も悪くなかった。女はその男の子を溺愛し、お前は何をしても許されると言い聞かせ、家事は全て女の子と、もう一人の女の子にやらせた。もう一人の女の子は、体型の事を揶揄われ続け、ついに親を親とも思えないような人でなしになってしまった。
そのもう一人の女の子というのが私だ。十数年間、このおぞましい二人の間に生まれてしまった事で苦しんでいる。
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