元友人からの手紙

職業柄、手紙を書くことが多い。

返事をもらえるかどうかはまちまちだが、それでもこちらからは出さない事はまずない。

内容は様々で、事務的なものから暑中見舞いまで幅広く書いており、個人に宛てるものはくだけた感じでイラストまで入れたりもしていた。そのため手紙は大分書き慣れていた。

その日も手紙を書いていて、宛先の住所を書く時になって相手の住所をど忘れした私は、相手からの手紙が来ていたはずと今まで貰った手紙をまとめて入れた箱を漁っていた。そしてふと、元友人からの手紙を見つけた。

かわいいけれどよく分からない生物のイラストが描かれた便箋の宛先欄には、黄緑のボールペンでかわいらしく「ほほえみへ」と私の名前が書いてあった。手紙の口に貼られたラミネートシールには剥がされた痕跡はない。

手紙には懺悔が綴られていた。

同じ仲良しグループにいたのにイジメを見て見ぬ振りをした事。一人で泣いている私に声をかけられなかった事。修学旅行でひとりぼっちの私に一緒の班になろうと声をかけられなかった事。体育大会、一人でいた私をずっと見ていた事。今でも申し訳ないと思っている事。

その手紙をもらったのは中学の卒業式の日だった。私はこの地獄から抜け出せる嬉しさと失ってしまった大切な何かを思い式が終わった後も一人大泣きしていて、別れを惜しみざわめく教室からさっさと帰ろうとしていた時もらったのだ。彼女が何か言いたそうにしていたのは知っていたが、私を見捨てた友人もとい元友人の話を聞いてやる人情よりさっさと帰りたい気持ちが勝り手紙を受け取ってそのまますぐ帰ったのだ。中身にも見覚えはなく、おそらく帰ってすぐゴミ箱に捨てたのを母か誰かが拾って、何かしらがあってこの箱に入っていたのだろう。

終わりの方まで手紙を読んで、最後の数行に目が止まった。

「私も彼女にイジメられたことがあった。同じグループになることが本当は嫌だったけれど、ほほえみと一緒に居たかったから一緒にいてみようと思った」

私はその数行をもう一度だけ読み返して、そして過去を少しだけ振り返った。あの日、卒業式の日。私はいじめてきた女を含め、同じグループにいた彼女をほんの少し、いやかなり憎んでいた。だから手紙を受け取っただけでも感謝しろとさえ思っていた。

彼女がイジメを見て見ぬ振りをしたことはなくならない。私の傷も消えない。謝ればそれで済むなんて小学校低学年までだ。けれど、大人になった今考えた。もし私が彼女と同じ立場だったら。謝るなんて出来ただろうか。

もし私がもっと出来た人間で、彼女の話を聞いていたのならば。彼女の立場を知っていたのならば。手紙をちゃんと読んでいたのならば。なんて返事をするだろう。

まっさらな、子どもっぽすぎてもう使えない便箋を一枚用意してペンを持った。そのまま、昔の自分を振り返って、返事を考えた。

『もういいよ』

書けたのはそれだけだった。

どう頑張っても、返事をしているのは大人になって平和な場所にいる私でしかない。苦しみの底からようやく脱出できたばかりの私はきっとこんな返事など書かないだろうし、きっと恨みつらみを滲ませた文章になったはずだ。だからこの手紙になんの意味もない。知ってはいたが、書かずにはいられなかった。

まさかとは思うが、彼女は未だにそのことで苦しんだりはしていないだろうか。罪悪感を忘れられないなんて事はないだろうか。そうではなかったとしても腹は立つが、もしそうだったら、お願いだから今すぐ忘れてほしい。

あなたはそんな事を覚えていなくてもいいのだ。所詮思春期によくあるすれ違いだ。私は死んでなどいないし、今はもうあなたの事を半ば忘れてさえいた。あなただってもうそれぐらいでいいのだ。あの頃の惨めな私の姿と孤独と怒りと悲しみを覚えているのは、私だけでいい。

送り先のない手紙を持て余した私は引き出しからライターを探し出し、それを手紙と一緒に持ってベランダに出た。ライターのオイルは切れかけで、火をつけるためにボタンを何度か押し直さなければならなかったが、ようやく手紙にも火がついた。右下の角からじりじりと手紙が燃えて、あっという間に灰になった。

彼女が、どうか私の事を綺麗さっぱり忘れていますように。

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