「優しい」と「大切にする」は違う
優しいことと、人を大切にすることは違います。
人は自分を大切にされたいと思うものです。
だから、自分を大切されてないと感じれば、ムカッとします。
接客業の店員さんを見てみると、わかり易いのではないでしょうか。
優しい性格の人でも、お客様に怒られ易い人はいますし、逆に、厳しい性格の人でも、お客様に気に入られる人はいます。
優しいからといって、相手を大切にしているとは限らないのです。
それでは、相手を大切にするとはどういうことでしょうか。
そのヒントは日本の礼儀作法にあります。
例えば、掃除をしてる時に誰かに会えば、きちんと手を止めてその人の方向に身体全体を向けて挨拶をする。
掃除をしながら挨拶するのではありません。
もちろん優しい笑顔も「あなたを受け入れますよ」という意思を表すので非常に大切なことですが、その上で「あなたを大切に思っています」という「心」が実際に行動に表われているのです。
もちろん、手を止めて身体全体を向けるだけでいい訳ではありません。
この行動は、あくまで「心」が表面に表われた結果なのです。
その「心」は身体の動きと同じく、相手に対して正面を向いているのです。
正対しているのですね。
掃除している時は床に心を正対させていても、挨拶をする時は相手に心を正対させる。
今日の晚ごはんや残り時間に、心をよそ見させず、相手の心に自分の心を正対させる。
また、優しいというのは性格でもあるので、自分のエネルギーや時間を消費するわけではありません。
しかし、相手を大切にするにはエネルギーと時間を費やします。
例えば先ほどの挨拶にしても、掃除をしている手を止めて、相手に心も身体を正対し、挨拶をする。
これは、ほんの10秒ほどのことかもしれませんが、急いでいる時には10秒でも大切な時間です。
手を止めて身体全体を相手に向けて正対することも、普段やっていない人にとっては少し心身ともに抵抗があるでしょう。
しかし、それでも相手のためにやってあげる。
エネルギーと、時間という命を相手に使ってあげるのです。
それは相手に伝わります。
私がたまに感じるのは、スーパーで品切れの商品が倉庫にないか聞いた時、「棚に無ければありません」と即答された時です。
もちろん、私もスーパーでアルバイトをした事があるので、倉庫にあるかないかを把握できることもわかります。
確実に無いのであれば探しに行く必要もありません。
でも、わかるのです。
店員さんの「こんなもんでいいか」が。
少しがっかりしてしまいます。
しかし、たまにいるのですよ。
「そこまでやるのか」と感じさせる人が。
もし、皆がお互いに相手を大切にする。
つまりお互いに正対し、エネルギーと時間という命を相手のために使うなら、世の中もっと平和になる気がしませんか。