0と1 第九話 あかいりんご
りんごの皮むきをしていた。
7歳のころには0はりんごの皮むきが上手だった。果物ナイフで器用にりんごの側面に角度を合わせ左手の指先の位置をずらしていく。
誰かの為に、りんごを剥いたことはない。
皮むきを初めてしたのは6歳の頃だ。
多分生まれて初めて自分の為にやろうとした行いだ。
祖父母の家で暮らす前の頃。当時暮らして居たマンションには、菓子パンとりんごが、いつもリビングにあった。
りんごが好きだった。
でも皮が剥けなくて、仕方なくそのままかじり付く。
皮がほんのりと苦い。
「・・・。」
そのまま食べ続けた。
0にとってりんごは孤独の味だ。
とくに皮付きの味は。
其の頃は、週末は祖父母の家にいるのが常だった。
そこで祖母に「皮むきを教えて欲しい」といった。
おばあちゃんは果物ナイフの向きだけおしえて、0に渡した。
今思えば「剥いてくれ」ではなく「教えてくれ」とお願いしたのは、私らしいことだった。
そんな可愛げのなさも今でものこっているから。
誰かに「たすけて」と言えたなら、もっと違った世界にいただろうに。少しは気楽に生きていけただろうに。
自分で生き抜くことに、生まれた時から拘っていたのは自他共に認める。
天邪鬼で、意地っ張りで、人前で泣かない。負けたくない。自分でやる。なんでも自分に必要とおもったことはとことんやる。
自分の為に自分を守るのは自分しかいないから。常にそう想っていた。
可愛くない。
でも、もういいの。
思い出の続きをめくる。
最初は何度も指を切った。小さな手のひらで大きなりんごを持ち続けるのでつりそうになるし、指先がだんだん冷たくなる。
それでも続けた。何度も何度も失敗した。
そして、失敗した皮をまた私が食べる。
りんご。りんご。りんごの味。
食べきれないりんごは、おばあちゃんがジャムにした。皮は外で飼っているうさぎにあげた。
しゃきしゃきとほおばるうさぎ。
りんごの皮むきがかなり上達した頃。
うさぎは死んだ。
とある朝、野犬にやられた。多分深夜に脱走した先でやられた様だった。
庭に積もった雪にその痕跡はあった。
物語が、降り積もった雪の上で残った。
わたしは、うさぎを想った。
日々りんごの皮と人参を食べ、時々脱走する。そんなうさぎを。
私が泣きながら独りで剥いた皮をお前だけが食べていた。
そして、お前は居なくなってしまった。
遠くにいってしまった。ここに居た時、私とうさぎの繋がりはそれしかなかった。
うさぎのお腹には私の悲しいが、たくさんはいっていたんだろうか?
爺は「食われてしまった、お墓は作れない」といって早々とうさぎ小屋を斧で崩しにかかった。
犬は私の悲しいを腹に蓄えたうさぎを食べてしまった。
子供ながらに壮大な繋がりを意識した。
犬の腹には今なにがあるのだ?
形あるものは消えてしまい、感情だけがのこった。
宿主を失った感覚だけが漂っている。
雪の上の赤い跡が、りんごの皮が
わたしには消えないものだよ。
だって記憶になってしまったから。
りんご。りんご。赤いりんご。思い出の色。
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