0と1 第一話
私は 01010。通称ゼロ。
特徴は肩まである黒いストレートのしっかりした髪だ。
体格は痩せ気味。だと思う。
骨格、体のラインはいくらかストレートな線を保って居る。
午後
何時だったかうろ覚えだが 1 と会う約束をしてた。
”1”は”101011”私は「いち」って呼ぶ。
付き合いはそんなに長くない。初めて会った時はまだ桜も咲いていないくらい寒い季節だったと思う。
全部うろ覚え。だけどいいのだ。むかしからそうだから。
そんな細かい情報はすぐに消えてしまうし。
そんな人間に染まり始めたのが何時だっけ・・・と。
部屋にふわりと何かの香りが広がる。
・・・あ。金木犀の香りだ。
もうそんな季節なのか。金木犀の木下でだれかと鼻血がでるまでなぐりあった。記憶。
切れた口の中に、苦い鉄の味と、金木犀の甘い香りが混じり合う。
さて、殴った相手はどんな奴だったか・・・
名前も顔も出てこない。
何時も五感で記憶が満たされて行く。些細なこと。気をはれない。自分の外にある情報には無頓着。
鏡の前で少し後のついた髪を湿らせ櫛で適当にならす。
「いち」に会うだけしか今日は予定がないのに。
無駄だな。と思いつつ艶のでる程度まで梳く。
一応、眉くらいは描いておくか。
ポーチの中はかなり余分なスペースがある。
一般的な女子からしたら相当品数の少ないメイク用品。
ペンシル、リップ、クリーム、パウダー。
自分の顔に色をあまりのせたくない。
死んだ時は死化粧しなくていいからって遺言を残しておこうか。
なんだってフリは嫌。息が詰まりそうだ。
この世界で好きなものも嫌いなものも半々くらいだけど、
許せないことはいくつかある。
そのうちの一つにまともなものがひとつもないってこと。
ふと視線を上げる。
今何時だ?
壁の時計に目をやる。
1時15分。
そうだ。約束の時間は確か14時だった。昨日のメッセージ内容も確認せずにそのまま窓の外へ視線は流れる。
どこに金木犀はあるんだろうか。
櫛とペンシルをあるべき場所に戻したことを目で確認し、ポーチの口をしっかり閉じる。ミラー裏の収納棚に戻す。
あるべきものがある場所にあること。それを確認して洗面台から離れた。
窓を更にあけて探す。
住宅地の狭い私道の二つ目の角の三件目に並ぶ古い戸建ての小さな庭先にあった。低く痩せた松の木なんかも並んでいた。松の木よりものびのびと背丈のある金木犀は楕円形に枝と葉で縁取りを描いていた。
その光景に
特に思うことはなかった。
ただ、この瞬間がまた永遠になっただけだ。
今五感で感じると同時に過去に同様の記憶が瞬間で舞い戻ってきた。
あの日、切れた口を隠すようにおおった手の感覚や土埃のイガイガした空気感と金木犀のかおりと血の味。殴り合って買ったか負けたかも馬鹿らしくなって笑ってたな。そういや。
解放感あったかも。
それとやけに鮮やかに観えたんだ。
夕方の傾いたオレンジ色の日差しが幸福感をもたらしてた。
そうだ。笑ってた。お互いに。
名前も顔も有耶無耶にきえかかっているのに。
今も、この空のどこか向こうにその瞬間があるじゃないか?
同時にあるんじゃないか?
そう思えてくる。
胸にこみ上げてくる。
物心ついた時からそう、世界を見ていた。
そしてこの瞬間は次回いつ開封されるのか?
そう思うのが楽しいのだ。
ねえ、過去に行く方法ってこうやって集めて行くんだよ。
五感を使って。今を取り込む、色彩、光、匂い、感触、音。
この部屋にある音は私の心臓の音だけ。
全ての感覚を五感のどれか一つに強くしまい込むだとか、刻んでおけばいいんだからお手軽でしょう。
けどそんなことしている人は世界にどのくらいいるんだろうね?
一人ぼっちになる条件を探しながら、こうやって人に会いに行くんだ。
別にたのしくもない。一人でいたいんだけどね。
誰かと居る時間を持ったら、
そのあと一人になる感覚をおもいきり満喫できるでしょ?
これいつも、1に話すんだ。でも理解はしてないと思う。あいつは何時もわらってるだけ。そこいらの女子よりずっと慎ましさがあるんだ。
恥らいもあるし、可憐なんだ。
だから、だから。
多分今日も約束を守ろうと思う。
いつも私が遅刻するけど。
言っておくが私は遅刻魔だが、人を待つ天才なんだ。
いつまでも待て居られるよ。
私には、そのくらいしか取り柄はないみたい。今思いつく限りでは。
時計は1時55分を指して居た。
ゼロは特に慌てる素ぶりもなく、鍵、ICカード、ハンカチを適当にポケットに詰め込み玄関のドアを閉めこの部屋から出て行く。
部屋には階段を降りる足音がこの部屋の壁に伝わってくる。
駅までは20分くらいかかる。
とくにその足取りには急ぐ気配さえない。
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