やめておけば、よかった03
03 優しい同僚
たった千円。そんなちっぽけなお金を、あの青年は両手で大事そうに受け取った。綺麗で色素の薄い唇、切れ長で強い黒い瞳。忘れられそうもない…儚い印象。
正直、私は…悪いことをした後の償いのような気持ちで恵んだのに。仮に騙されたとしても、罰を受けたと思って忘れようと思っていたのに。
そんな汚い気持ちで渡したお金を、彼は大事に受け取ったから、酷く胸を痛めた。
「お姉さん、このお返しは明日でいいですか?今日は、ちょっと…」
「気にしないで。上げるから、そのくらい…」
「そのくらいなんかじゃないっ、俺は……!」
よく見たら、この子は何歳だ?今は深夜の二時、学生が一人で徘徊するような時間でも場所でもない。
見る人が見れば捕まりかねない状況だ……。背筋がゾクっと冷えた。昔の男に呼び出され、不倫の片棒掴まされた上に、今度は未成年売春……?私は一体一晩でどれだけの悪事を犯して行くんだ?
「お腹すいたんでしょ?さっさとコンビニに入って、弁当でも食べなさい!上げる、上げるから返さなくていい!」
逃げるように踵を返し、足早に帰路を歩き出した。もう勘弁して欲しい、流石の私もこれ以上の後悔は手に負えない。
「あ……っ、明日!この時間、ここで待ってます!ありがとうございます…っ!」
見た目からは想像出来ないくらいの純情で素直な青年。真っ直ぐ過ぎて直視出来ないほど眩しいよ。いっそ詐欺や美人局であって欲しかった。バチが当たった方が清々しかったのに……。
逃げ出してから大分経った…。後ろを振り返ったが、青年が後を付けて来る様子もなかったので、ようやく安堵をつくことが出来た。
……ヤバいな、今日は。多分、人生で一番最悪な日なんじゃないの?
「……さっさと化粧落として寝なきゃ…明日も仕事だ」
もう、綺麗サッパリ忘れよう。きっと仕事に行けばいつもの私に戻れるはず。半分は希望、半分は現実逃避。けど当たり前かもしれないけど、自分が忘れようとした所で犯した罪はなくならない。そう、なくならないんだ。
【 昨日はお前を残して帰って悪かった。妻にもバレなかったから、また会おう 】
…………あの男、もう二度と会わないっていったのに、まだ罪を重ねる気か?
仕事中に届いたらメッセージ。見た瞬間、スマホをへし折りたくなるほど怒りが湧いてきた。こんなクズ男と関係を持った私も悪いんだけど、そもそも奥さんとお腹の子供に罪悪感はないのか?
【 二度と連絡しないでください。私達は終わった仲なんですから 】
こんな文を送ったところで効く相手じゃないんだけど。これで退いてくれる人なら、そもそも身篭った奥さんを差し置いて浮気なんてしない。
「くそ…っ、こんな屑人間と五年も付き合っていたのか…」
頼むから、これ以上思い出を穢さないで欲しい。ただでさえ二股された挙句に捨てられて、さらに不倫相手にされてダメージが大きいのに、その上クズだったなんて…。
「うわっ、佐藤…、酷い顔してるぞ?」「え?そんなに?」
隣のディスクで作業をしていた同僚の二宮に言われ、咄嗟に顔を隠した。仕事では私情を持ち出さない、挟まないつもりだったのに…。
「冗談だよ、そこまで酷くはない。けど何かおかしいぞ?俺でよければ話を聞くけど?」
優しいな、コイツ。二股男の後だと良い男に見えてくるから質が悪い。見てくれは大柄で少し小太りで、あまり女受けはいい方ではないけど、付き合いの長い私は彼のいい所をたくさん知ってるから、嫌いじゃない。
「ありがとう…けど大丈夫だよ。大丈夫」
うん、大丈夫。私さえ強い意志を持っていれば、もう過ちは繰り返されないはず。たとえ二股男がどれだけ待っていようと、私は絶対行かない。絶対………………。
「…………あ」
そういえば、あの青年…待ってるとか言ってたけ…。昨日と同じ時間に、あの場所で。
「うわぁああ…っ、私は……何ていうことを!」
「佐藤、大丈夫か?おい、おい!」
仕事中にも関わらず、柄にもなく取り乱した私に、周りの視線は冷ややかだった。
……To be continued