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AIによるデータ解析は宇宙へ~AIと観測ノイズとの戦い

AIが世に広まり、日常生活にも知らないうちにAIが関わる時代になりましたが、AIは地球を飛び出すかもしれません。宇宙に存在する正体不明の物質ダークマターをご存じでしょうか。正体不明な物質の正体を突き止めるのは科学者の知的好奇心を駆り立てますが、ダークマターの場合はそれほど簡単ではありません。なぜなら、ダークマターは見えないし、触ることもできないからです。

物を見るということは、光を感知するということです。物に触れる、触ったときに指先に感触を得るということは、原子と原子が押しあったときの電磁相互作用(相互作用:素粒子同士が互いに影響し合う仕組み)による反発を感じるからです。ダークマターはこの電磁相互作用をしないため、見ることも触ることもできず、望遠鏡などの光を使った観測が直接できないため、研究者たちを悩ませてきました。

しかし、ダークマターは重力によって環境と相互作用することがあります。つまり、重力相互作用を通じて、その影響を観測することができるのです。銀河ハロー(=銀河全体を包み込むように希薄な星間物質や球状星団がまばらに分布している球状の領域)や、アインシュタインリング(=遠方の銀河の光が手前の銀河の重力で歪んで輪に見える像)はその一例です。ただし、観測しようとしても、ここは喧騒に包まれた宇宙、望遠鏡が不必要な情報もキャッチしてしまうため、やはり研究は困難なものになります。

このような状況の中、ある研究者が、ダークマターの観測でのノイズ除去作業を簡素化する方法を開発しました。それがAIを用いた新しいアルゴリズムです。

このアルゴリズムは、超大質量ブラックホールを核に持つ活動銀河核など、強力な宇宙現象から発せられるノイズと、ダークマターが引き起こす相互作用による微妙な信号を区別することを可能にします。スイス連邦工科大学ローザンヌ校の天文学者、デイヴィッド・ハーヴェイ氏は、BAHAMAS-SIDMというプロジェクトから得た画像を使って、"畳み込みニューラルネットワーク"を訓練しました。このプロジェクトでは、ダークマターと活動銀河核が、それぞれどのように銀河団に影響を及ぼすのかをシミュレーションしています。ニューラルネットワークは、こうした画像を学習し、活動銀河核からの信号とダークマターの相互作用による信号を区別できるようになりました。

最も精度が高かったニューラルネットワークは、「Inception」と名付けられました。Inceptionは、理想的な条件下で80%の精度を達成し、観測ノイズが加えられてもその精度を維持することができました。観測ノイズは、どの望遠鏡データにも入ってしまいます。例えば、ダークマターとダークエネルギーを調査するために、数十億の銀河を撮影する予定になっている欧州宇宙機関(ESA)の宇宙望遠鏡「ユークリッド」にも、観測ノイズが含まれることは避けられません。ユークリッドは14億ドル(約2020億円)もするのにも関わらずです。

高額な宇宙望遠鏡であっても通常の望遠鏡やカメラと同様にカメラ画像センサー(CCD)を用いるため、CCDにプラスやマイナスの電荷をもった粒子が貫通すると、飛跡がノイズとして映り込むことがあります。これが観測ノイズであり、通常はデータ処理で除去されます。データ処理を行ったとはいえ完全なノイズ除去はできません。ノイズの残った画像データを解析することにAIを用いることで、ノイズに隠されたダークマターの情報を引き出すことが可能になります。ハーヴェイ氏は論文の中で、「この方法は、現在の方法よりも精度が高く、処理速度も速いものです。今後の望遠鏡データを解析するための有効な手段となり、これまでにない方法でダークマターの特性を探ることが可能になります。」と述べられています。

宇宙の解明には望遠鏡が不可欠です。広大な空間である宇宙にある情報を集めるためには、微細な情報も検知できる機械的な制度も重要ですが、観測データに映り込むノイズとの戦いに勝たなければなりません。今回の技術はダークマターの情報検出に特化したAIでしたが、学習内容を変えれば他の情報検出にも応用ができると期待できます。

日本には重力波望遠鏡「KAGRA」があります。重力波は透過性が高いため、電磁波では見えない深部を覗き見ることができます。さらにこの透過性を利用することで、ビッグバン直後の「宇宙の晴れ上がり」よりも前の宇宙誕生の瞬間を観測することも可能と考えられています。重力波が飛来してくると空間がわずかに歪みます。あまりにも微細な歪みのため本来の情報にどの程度干渉しているかが判断しにくく、ビームスプリッターや反射鏡の調整といったアナログな対応で正確な重力波を観測する努力は100年ほどかかり、2015年にアメリカのLIGOという望遠鏡が初めて重力波を捉えたのです。

アインシュタインによって重力波が予言されてからの100年間、科学者たちにとってはまさに極微小ノイズとの長い戦いを制したあとに、やっとノイズではなく重力波信号を見ることができたのです。重力波の場合は振動がノイズの原因ですのでダークマターとは全く異なるノイズではありますが、100年かかった経験をAIに学習させ、ノイズ除去が可能なAIが完成すれば、さらに精度の高い重力波の観測ができるかもしれません。

望遠鏡をはじめとしてカメラの機械的な原理はそれほど進歩していません。レンズを通して光を収集することに変わりはありません。アナログからデジタルになり画素センサーで光を検知させて画像データとして記録しています。センサーの精度も高くはなってきていますが、機械的な進歩は鈍化してきています。

最近では、ミラーレス一眼でもソフトウェア処理で解像感を上げ、きれいな画像を生成することが主流になっています。スマホのカメラも年々性能が上がっていますが、ソフトウェア処理の向上が大きく貢献しています。

宇宙望遠鏡のデータ解析にAIを用いるという流れは、意外と自然な流れなのかもしれません。カメラの歴史は非常に長く、ピンホールカメラからスタートし、カメラオブスキュラ、凸レンズ、フィルムなど感光材料と構造を変化させて便利なカメラになっていきました。ピンホールカメラの元祖が紀元前にしられてから2000年以上、人類はカメラと歩んできましたが、その仕組みは大きく変わっていません。

「どのように光を記録するか」を追求してきたカメラの歴史にとって、「記録された情報をどのように解析するか」という新しいアプローチに取り組み出したことが21世紀の大変革だと感じます。そこにAIが出現することで、停滞していた分野の扉を開ける未来が見え始めたように思います。AIを活用したアプローチにより、宇宙の謎を解明する日がくるかもしれないと思うだけで、未来が楽しみになります。

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