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AIの次に来るテクノロジーとは?~オルガノイドインテリジェンスの未来

AI全盛の現代、ツールとしてのAIの普及は専門家だけでなく一般人にも広まっている。高速で処理するAIを見ていると「人間を超えた」と感じる人も多いかと思うが、本当にそうだろうか。

AIは、もちろんPCなどの機械で運用する。処理能力の高さは、機械の性能とも捉えられるだろう。では、PCのCPUにあたる人間の脳は、どのような性能をもっているのか。

イギリス、ケント大学のバイオサイエンス学部の研究者ベンジャミン・グルト博士の発見したMeshCODE理論によると、脳の神経細胞がコンピュータのように複雑なバイナリコードを使って情報を記録しているのだという。脳の中には、何兆個にも及ぶニューロン(神経細胞)が存在し、シナプスを介して電気化学的なシグナル伝達を行っている。それぞれのシナプスは、タリンというタンパク質分子が網目状の構造の足場を築いている。

これまでタリン分子は、単に細胞の構造的なものだと思われてきた。しかし、グルト博士の研究は、このタリンの網目が実際には情報を保存したり記憶をコード化したりするバイナリースイッチとして機能していることを示唆している。

0と1で表現される2進数をバイナリーというが、コンピュータはデータをバイナリー形式で保存する。電球の消灯が0、点灯が1のように電気的にON/OFFをすることでコンピュータはデータを保存する。

これを脳に置き換えてみよう。シナプスを取り巻くタリン分子は、折りたたまれた形状と、開いた形状の2つの安定的な状態を持っている。タリンは機械的な圧力を受けることでこの形状を変化させ、まるでスイッチの0と1のように機能するのだ。細胞内には、細胞骨格という細胞を支えて安定させる繊維状の3次元ネットワークがある。この細胞骨格は、機械的な特性を持っていて、シグナルの伝達や細胞分裂など動的なプロセスに連動している。

この細胞骨格がシナプス間のシグナル伝達を受けた際、小さな力を発生させタリンに圧力を与える。するとタリンは形状を変化させて、シナプスにバイナリー形式の情報を記録していくのだ。これはシナプスに入力された情報に依存していて、新たな力が細胞骨格から発生すると情報が更新される。この機械的なコード化は、すべてのニューロンで継続的に実行されていて、すべての細胞に広がっていき、最終的には生物全体を調整するコードとして機能する。

生まれたときから、生物が経験したことや環境条件がこのコードに書き込まれていき、常に更新され、その生物固有の記憶が数学的に表現されることになるのだ。グルト博士によると「細胞骨格は、化学的・電気的シグナルに反応して細胞内の計算を調整するレバーや歯車の役割を果たしている」と説明している。それはまるで初期のコンピュータにそっくりな仕組みだ。有機的な脳と無機的なコンピュータが似ているとするならば、何か活用はできないのだろうか。

近年、人間の脳細胞から「バイオコンピュータ」を作り出して計算や学習をする新しい技術として注目されている。それが「OI(Organoid Intelligence/オルガノイドインテリジェンス)」だ。AIは「Artificial Intelligence/アーティフィシャルインテリジェンス)」の略称で、「Artificial」が「人工的な」という意味を持つため、AIが人工知能という日本訳になることを多くの方がご存知だろう。

一方で、OIの「Organoid」が何を意味する単語であるかを知っている方は少数派かもしれない。「Organoid」は、「Organ(臓器)」と接尾辞である「₋oid(~のようなもの、~もどき)」からなる造語である。直訳すると「臓器みたいなもの」となるが、実態としては臓器・組織を模倣して作った3次元構造体を指す。多能性幹細胞を試験管内やシャーレ上で培養し、自発的な複製と分化を誘導して得られるいわば「人工臓器」と言える。

人工臓器の中でも知能を司る脳細胞を用いて作るのが脳オルガノイドであり、それを応用したテクノロジーがOI(オルガノイドインテリジェンス)だ。つまり、脳の機能を人工的に作り出す技術に注目されており、さらに将来的にはOIに関連したサービスが実装される可能性が期待される。

分かりやすくするために、脳オルガノイドの研究に取り組んでいるジョンズ・ホプキンス大学環境衛生学部のトーマス・ハルトゥング教授が率いる研究チームの事例を紹介したい。ハルトゥング教授は「バイオコンピュータを実現する技術は成熟しつつある。人間の脳が持つ驚くべき機能の一部を、OIという形で実現できる可能性がある。例えば、不完全で矛盾した情報をもとに素早く決断する能力(直観的思考)などだ。」と述べている。細胞から培養されるオルガノイドは、人体実験や動物実験を必要としないため、科学者にとっては好都合な存在なのだ。

ハルトゥング教授は2012年から、ヒトの皮膚細胞を胚性幹細胞に近い状態に再プログラム化し、これをもとに脳オルガノイドを作ってきた。こうした細胞をもとに擬似的な脳細胞を作り、記憶や継続学習といった基本的な機能を備えた機能性ニューロンとオルガノイドを作ることは不可能ではない。

「これは人間の脳の働きに関する研究を新たな段階に導くものだ。倫理的な理由から人間の脳を使うことができない実験を、人為的に作ったシステムを使って行えるようになるからだ。」とも述べられている。
ハルトゥング教授のチームは、脳オルガノイドから、既存のスーパーコンピューターよりもはるかにエネルギー効率の高い、新しい形のバイオコンピュータを生み出そうとしている。 

「現代のコンピュータは、まだヒトの脳にはかなわない。ケンタッキー州にある最新のスパコン『Frontier』は6億ドル(約820億円)をかけて設置された。専有面積は6800平方フィート(約632平方m)にも及ぶ。Frontierは2022年6月にようやく人間の脳1個分の計算能力を超えたが、使用したエネルギーは人間の100万倍だ」とハルトゥング教授は述べられている。
処理能力などで比較しがちだが、数字やデータの処理はコンピュータの方が速いが、複雑な論理的問題への対応は人間の脳の方が優れているので、コンピュータと脳は異なるものとして認識する必要がある。

コンピュータの時代が始まって以来、科学者はコンピュータを人間の脳に近づけようという研究がなされてきたように思う。AIもその一つだ。そもそもコンピュータと脳は同じではないので、OIの登場は、これまでの構図に新たな側面をもたらすのではないだろうか。

既存のAIが担っている領域を、脳オルガノイドとAIが融合したOIが担うようになれば、脳機能のアルゴリズムとAIの処理能力を駆使した非常に高度なバイオコンピュータが誕生する。もちろん、現状では脳オルガノイドは研究の真っただ中であり、OIに応用するのはまだまだ先の話。しかし、そうした技術や叡智を融合させることで、そう遠くない未来においてテクノロジーの革新が見込まれることは頭の片隅に置いておくべきだろう。

人間の脳細胞を活用する点においては、生物学、または倫理的観点から真っ当なのかという意見も出ているなど、研究での成果以外にもクリアすべき課題は大きい領域だと言える。しかし、人間とAIの良いところ取りをしたOIを搭載したバイオコンピュータが実用化されれば、人類の暮らしも次のステージに到達できるという期待感は増すばかりだ。

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