バイオハイブリッドロボティクスの新たな挑戦~真菌による持続可能なロボットへ
2024年8月28日付けで学術誌「Science Robotics」に発表された新しいロボットをご存じでしょうか。米コーネル大学の研究チームが開発したヒトデのような形をしているロボットが5本の脚を開いたり閉じたりしながら木の床の上をぴょこぴょこと移動してゆく姿が動画として公開もされています。米コーネル大学の研究チームは生物をヒントに、生物と融合したロボットを作ることを目標にしていて、今回の研究では真菌が制御する車輪付きロボットも開発しています。
植物、動物、真菌の細胞を合成素材と組み合わせてロボットを作る研究分野のことを「バイオハイブリッドロボティクス」といいます。この分野は比較的新しく、これまでに、マウスのニューロン(神経細胞)を使って歩いたり泳いだりする小さなバイオハイブリッドロボットが作られているほか、クラゲの細胞からは海洋探査用の泳ぐロボットが、ラットの筋肉細胞からは歩いたり方向転換したりするロボットが作られています。しかし、バイオハイブリッドロボットに動物の細胞を用いるのは費用がかかる上、倫理的にも問題があります。植物の細胞は、費用の面でも倫理的な面でも動物の細胞よりも扱いやすいのですが、刺激に対する反応が遅い傾向があり、望む結果を導けません。様々な問題を孕む生物細胞の利用に対する解決策の一つとして、コーネル大学のチームは今回の論文で、真菌がバイオハイブリッドロボットの重要な材料になる可能性を示しました。
真菌とは、酵母、糸状菌(いわゆるカビ)、キノコを含む生物群です。 動物の次に進化した、実は高等な生物です。細菌やウイルスなどと一緒に「微生物」とくくられることが多い真菌ですが、実は細菌やウイルスよりもずっと私たちに近い生物です。実際、真菌の一種のカンジダと人の細胞はどちらも核や細胞小器官を持つ真核細胞で、見た目はそっくりです。真菌が動物に近い細胞構造を持つので、動物細胞の代わりに目を付けたのかもしれません。
コーネル大学の研究チームは、培養や維持管理がしやすく、ロボットに用いるのに理想的だという理由から真菌の中でも、エリンギを選ぶことにしました。エリンギの菌糸体を培養し、3Dプリントで組み立てられた足場の上に菌糸を誘導して、成長させました。菌糸体とは、真菌の子実体(しじつたい、私たちが「キノコ」と呼ぶ部分)どうしを地中で結びつけ、コミュニケーションを可能にしている菌糸のネットワークのことです。足場には多数の電極がのせられています。互いにつながった菌糸体は、環境の変化に反応して電気インパルス(信号)を発します。
私たちの脳のニューロンどうしが連絡し合うために発するものと似ています。菌糸のネットワークは電極に接続されているため、その電気インパルスはコンピューターと通信できるという構造になります。コンピューターは菌糸体の電気インパルスをデジタルコマンド(命令)に変換し、ロボットのバルブやモーターに送って、前進などの動作を指示します。ここでコンピューターが電気インパルスをコマンドに変換する方法は、動物のニューロンが脳の電気インパルスを手足を動かすなどの運動機能に変換する仕組みをヒントにしているそうです。このようにコンピューターを介して菌糸体とロボットの間の通信を可能にしたため、研究者に光を当てられた菌糸体は、これに反応して電気インパルスを発し、ロボットを動かします。
「真菌は光が嫌いで、暗い場所で成長します。この性質のおかげで強い電気信号が得られるのです。」と、コーネル大学の工学者で、今回の論文の著者の一人であるロバート・シェファード氏は説明しています。照射する紫外線を強くすると、それに反応して真菌の電気信号が強くなり、ロボットの動きはより速くなるという具合に、紫外線の調整で動作速度もある程度は調整ができるそうです。
これだけであれば、真菌を使わず無機物質でも同じことができるため、有用性がないように思えますが、生物細胞であるからこその可能性を秘めています。真菌は環境に非常に敏感であるため、真菌を使ったバイオハイブリッドロボットは、機械のみからなるロボットに比べて、畑を汚染する化学物質や毒物や病原体を検知する能力が高い可能性があるということで、農業への利用が期待されています。また、真菌の細胞は、塩分濃度が非常に高い水の中や厳しい寒さの中でも生き延びられるため、極限環境では、動物や植物を使ったバイオハイブリッドロボットよりも真菌を使ったものの方が優れているかもしれません。真菌は他の多くの生物よりも放射線に強いので、危険な場所で放射線を検出するのに利用できるかもしれません。環境への高い適応性をもつ真菌だからこそ、バイオハイブリッドロボットの利用範囲を広げる可能性があります。
無機物質のみロボットでも多くのことが実現され、社会生活に浸透している現代社会で、無機物質のロボットではなく、バイオハイブリッドロボットに世界中が着目するのには理由があります。それは持続可能性です。
例えば、サンゴ礁を監視するために多数のロボットを作るとします。ロボットに重金属やプラスチックを含む電子部品を使ってしまったら、すべてを回収しないかぎり、環境に大量の廃棄物を残してしまうことになります。バイオハイブリッドロボットであれば、生物細胞の部分は分解されますので、環境に残す廃棄物の量を削減できます。また、生物を利用してロボットを作れるようになれば、ロボットを持ち込む環境に元からある素材を使うことができます。例えば、植物の細胞から作ったバイオハイブリッドロボットは森林再生に役立ち、患者自身の細胞から作った医療用ロボットを体内で使うこともできる可能性があります。このようなロボットは、任務終了後の片付けが少なくて済み、有害な汚染物質が残されるリスクも低いという利点があります。
真菌はどこにでもいるので、資源の少ない場所でバイオハイブリッドロボットを作るのにより適しているかもしれないという考え方もできます。ごく少量の菌糸を遠隔地に送り、そこで菌糸体を育ててロボットを作れるかもしれません。そうなれば宇宙ロボット工学に応用できるかもしれません。
真菌が制御する新しいロボットの使いやすさと耐久性は、長期的な利用の観点からも有望視されています。米カーネギーメロン大学の工学者であるビッキー・ウェブスター・ウッド氏は、「ロボットの中で菌糸体を生かし続けるための条件は、マウスの筋肉を生かしておくために必要なシステムなどに比べて、実現しやすいと考えられます。
ですから、より長期的なミッションを担える可能性があるのです。」と説明されています。
ロボット工学の研究は日進月歩で進んでいます。今やロボットのない社会生活は実現しないほど、多様な場面で運用されています。20世紀が技術の進歩を追い続けた時代とすれば、21世紀は環境への適応や持続可能な利用ができるロボットを追い求める時代かもしれません。バイオハイブリッドロボティクスは21世紀を代表するロボット技術として後世に残るものとして期待したいと思います。
※サムネイルは、今年10月10日発行の弊所行政書士による新著です。『わたし生活保護を受けられますか』
法改正部分のみならず、2022年版から内容も一新されています。特に、小学校5年生以上の子が理解できるよう常用漢字にも読み仮名、難解な言い回しではなく小学生でも理解できる言葉で生活保護の説明をしている本は、ほかに類を見ません。
Amazonで予約も始まっています。
https://www.amazon.co.jp/dp/4295410314