君は美しい(第九夜)
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「......」
カラのサイフを見たときの気持ちを、どう言えばいいのか。
iPhoneのときよりも冷静だったのは、どこかで(やっぱり)という気持ちがあったからかもしれない。
でも、この出来事をどう感じたらいいのか、心が迷っている。
頭が真っ白のまま、ふらふらとベッドに腰かけ、パタンと横になった。
さっきまでネスティの肌を感じながら寝ていたのに。
今はひとりで、こんなにも虚しい。
(私のこと...だましてるんだろうか...)
そんなはずはない。
私を好きだと言った彼の瞳にウソはなかった。
今まで出会ったどんな男よりも、真剣そのものだったのだ。
(なのに、どうして)
お金がなくて困っているなら、言ってくれたら、あげたのに。
それは彼のプライドが許さなかったのか。
(私が言わせなかったのかな…)
鼻の奥がツンとして、今さら涙が出てきた。
(どうしたら彼を信じられるだろう)
信じたかった。
このままネスティに会わないなんて、できるはずがない。
やっと見つけたのだ。心から安心できる居場所を。
涙はあとからあとから出てきて、シーツを濡らした。
やがて泣き疲れ、いつの間にか眠ってしまった。
起きたらひどい顔だった。
頭の奥がズキズキと痛む。
時間は午前10時。
ネスティが来るまでまだ時間がある。
このままひとりでいると、悪いことばかり考えてしまいそうだ。
誰かに相談したい。誰か...。
(そうだ)
今、日本は確か夜のはず。
(ヒロちゃんにメールしよう)
ヒロミは大学の同級生で、日本でつき合っていた妻子持ちの男のことも知っている、唯一の友達だった。
ホテルのインターネットルームに行って、ヒロミの携帯にメールしてみよう。
急いでTシャツとGパンに着替えると、2階のパソコンが並ぶブースに向かった。
インターネットの使用料は、1時間10ペソ。日本円で千円もするので、今まで使ったことはない。
街の人が携帯を電話以外で使っているのを見たことがないから、インターネットがまだ普及していないのだろう。
パソコンを立ち上げて驚いたが、いまだにダイヤルアップだった。
フリーメールのサイトにログインするのに、めちゃくちゃ時間がかかった。
待っている間、ヒロミに言いたいことを頭の中でまとめる。
やっとメール画面が開き、ここ数日で起こったことを一気に書いた。
ネスティとの出会い、ホテルに行ったこと、彼のことが好きで、彼も同じ気持ちでいてくれること。でもiPhoneやお金がなくなり、どうしていいかわからないこと。
アドバイスが欲しかった。ひとりで考えていると不安で不安で、自分がどうすべきか、全然わからなかった。
(助けて)
どうすればいい。
どうすれば、彼のことを信じられる?
せっかく手に入れたこの幸せを、自分から壊したくない。
祈る気持ちで送信ボタンを押した。
ヒロミは昼夜問わず仕事の連絡が入るため、携帯はいつも手元に置いている。返事はすぐに来るはずだ。
待っている間に、届いているほかのメールも見たが、いつもLINEを使っているので大したものはなかった。
(あいつから、連絡きたりしたのかな)
それも今となっては確かめようもないし、どうでもいい。
メールを送って5分ほど経ったところで、受信箱を再読み込みしてみた。
ネットがかなり遅く、しばらくぐるぐるが続く。
やっと画面が変わると、ヒロミからの返事が来ていた。
祈る思いでメールを開く。
その文章は、いきなりこう始まった。
“いい加減にして”
予想外の言葉に、一瞬息が止まる。
続きはこうだった。
“こないだまでズルズル不倫してて、やっと別れたと思ったら今度は年下の外人?
病気でもうつされたらどうするのよ?ちゃんと避妊してんの?
しかもその外人、ぜんぜん信用できないじゃん。警察行ったほうがいいんじゃない?
ノリコ、もう27なんだよ。そんなことして遊んでる時間がもったいないよ。
とにかく、目を覚まして早く帰ってきて。
気づいてないならハッキリ言うけど、そいつ、お金目当てだよ。”
あまりの衝撃に、思わずメール画面を閉じた。
(なんで?)
どうしてこんな、ひどいことが言えるのだろう。
何も知らないくせに。彼に会ったこともないのに。
(ズルズル不倫して…って)
そんな風に思ってたのか。
私の悩みを、いつもちゃんと聞いてくれると思っていた。
理解者だと信じてたのに。
(裏切られた)
もう誰にも相談できない。
家族にだって、同じ反応をされるかもしれない。
みんなネスティに直接会うことができれば、誤解はすぐ解けるはずだ。
だけどそれができない今、彼のことを本当にわかっているのは私だけなのだ。
(私だけは、彼を信じよう)
ヒロミのような、何も知らないくせして人を悪く言う人間にはなりたくない。
もとから誰にも相談する必要なんてなかった。
私とネスティ、二人だけがわかっていればいいことを、他人に理解してもらおうとしたのがまちがいだった。
パソコンをシャットダウンし、部屋を出る。
彼が来る前にレストランで朝食を食べて、急いで着替えよう。
もう迷いはない。
(私だけは、彼の気持ちを信じる)
背筋が伸び、いっそ清々しい気分だった。
※第十夜につづく
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