見出し画像

独学で服作りしている私のこと⑦自分は何者なのか考える日々

台湾から帰国した1ヶ月後に札幌で作品展、夏にも冬にも作品展、間に友人たちとフェスにグループ出店、、、と慌ただしい日々を過ごした2018年。


とにかく一枚の布が形になっていく姿が好きで好きで楽しくて、
ただただ「作る」ということに夢中になっていた日々。



しかし回を重ねるごとに、なぜその服を作ったのか、何を表現したいのか

そんな事を考えるようになった


今ははっきりとわかる。


服という纏うものを作ることで
私自身は一枚ずつ何かを脱いでいた



こんな服が着たい
こんな服があったらいい
こんな服が作れるようになりたい


それはどこか自分の中に眠っていた女性性を解き放つ行為でもあったし、自分の感性や想いがどんなものか潜る行為だったのだ。


周りのお客さんに対しては、
皆その人にしかない美しさがある
ということを伝え続けていた。
それはコンセプトというより願いであり意思表示でもあった。
そんな世の中になってほしい、していきましょうと。
そして自分自身に一番かけてあげたかった言葉でもあった。


その表れが
作るものはばらばらだったけど、そのころの作品展のタイトルを追うと

心のあるところへ
環る服
皺と艶
The blooming your flower
ひらり ひらく ひかり
etc…


「皺と艶」は皺には皺の美しさ、艶には艶の美しさがあるということを皺生地、艶生地で作った作品を通して伝えようとしたのだが、その人にしかない、その年代にしかない美しさってあるよね、という意味合いを含んでいる。


「ひらりひらくひかり」
は、一見ナンノコッチャ!っと思うのだが
世の中の女性が、軽やかに心を開いて光り輝きますように
と思ってつけたタイトルだ。


自分らしさは美しさ

そんなことを自分に対しても周りに対しても常々思っていた。


自分が強く願うことを自分のために解き放って、それを周りに共感してもらえることで満たされていった。
ありがとうございます。


そんな風に、できることは限られていたけれど、何か服を通して想いを表現していこうと思っていた。
人間には思考があり思想があってそれを表現できるのもまた人間にしかできないことだから。
と、格好のいいことを言いながらも、正直いま振り返ってみてああ私こんなこと伝え続けていたんだなあとわかった部分もあったり。当時も想いがあって服ができていくというよりも、出てきた服から想いを汲み取るというスタンスだった。
わかることを拾い集めながら、わからないという状態であることを俯瞰し続けている日々だった。


その一方で、もちろん表現がしたいから技術はいらないとは考えなかった。
自分には服飾の学がないことや技術がないことに対しての劣等感のようなものをどこか感じていた。
独学で何処までできるのか実践している人がいたら面白いじゃないか!と思う一方で、何処か自信のなさがあった。
そう感じ、必死に洋裁百科やテキスタイル辞典を読み漁り、文化服装学院の教科書を購入してパターン構造を理解しようとしたりもした。
何よりも、作りたい服があっても作れる技術がないことが辛かった。
作れる技術があることで表現者にも職人にもなれるとわかった。


ただ表現したかったわけじゃない。
作品展を何度もやり続けたのは、自分の表現のみならず経済活動に繋げたかったから。子育ての延長から社会との繋がりを感じられるようになったこの服作りに、経済活動としての一筋の光のようなものを感じていたのだ。
お客さんひとりひとりと向き合って服を売るという小商いスタイルがとても好きだったから。


こうして私は

アーティストになりたいのか
デザイナーになりたいのか
職人になりたいのか
商人になりたいのか


くるくると考える日々を送っていた。


正直、それは今もわからない。
もしかしたら既存の言葉では表せない何かなのもしれない。人間って多面的だから。

確かなのは、わかってもわからなくても動き続けなければわからないという事。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?