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日本の英雄への考察、わたしとヤマトタケルの時をこえた運命の出会い

昨日、ダンサーのツキさんと電話してた時の話。
ギリシャ神話とか、日本の仏教とかチベット密教、インドの神々の話を興味深く話していた。
ツキさんは生き地引的な存在で、興味の幅がクラシック音楽からYoutuber発掘、宗教からスピリチュアル話まで幅広い。彼の本業は歌も唄う超一流コンテンポラリーダンサーだ。
年末年始から写経に興味を持ったわたしは、それこそ“般若心経”を調べてはみたものの、それは仏教の奥深い世界のほんの入り口でしかなかった。
般若心経の“空”っていう概念を理解しようとするだけでいっぱいいっぱい。
(空、くう とは、存在しないさま。全ての現象は自分のこころが創り出している。無とか空っぽとはまた違う)

そんな話の途中、わたしが、
「日本にも神話ってあるんでしたっけ?なんか風神雷神とかいますよね?天皇の先祖って誰でしたっけ?」みたいな質問を発端に、どんどん脱線していく。
どうでもいいけど、ツキさんはわたしのことをたまにヒミコと呼ぶ。

ツキ: 「ああ、日本にも居ますよね、英雄的なの。誰でしたっけ?」
ヒミコ: 「え〜と、ん〜、あー、タケル?」
ツキ: 「タケルって!笑 彼氏か笑。昨日タケルに車で送ってもらってぇ〜、みたいな笑」
ヒミコ: 「ヤバ笑 えっと、本名ヤマトタケルでしたっけ??」
ツキ: 「そうそう、あの髪型を二つにくくってるのがカッコいいんだよね〜」
ヒミコ: 「笑 あとさ、タケルの車って低音がブンブンうるさいんだよね〜」
ツキ: 「わかるぅ〜。でもヒミコ気をつけなさいよ、タケルってモテるから。あと、あの、首がいっぱいあるの誰でしたっけ?」
ヒミコ: 「うーーーーん、やまたのおろち的な?」
ツキ: 「出た、ヤマダ!笑 タケルっていつもヤマダとつるんでてぇ〜」

こんな感じでわたしたちの日本神話のセッションは、すごくどうでもいい方向にくだっていった。のだが、わたしはしっかりとタケルに興味を抱いた。タケル、どんな奴だったんだろう。。。

日本武尊(ヤマトタケルノミコト) は、12代景行天皇の皇子で、天皇から命じられ平定の旅(敵を討ち平らげる) に出る。
ある地で、敵に欺かれ草むらの中で、四方から火をつけられてしまう。
窮地に陥ったヤマトタケルはとっさの機転で、倭姫命(ヤマトヒメノミコト) から授かった天叢雲剣(アメノムラクモノツルギ) で草をなぎ払い、火打ち石で逆に敵に向かって火を放った。
炎は向きを変え、勢いよく敵に向かって燃え広がり、無事窮地を脱することが出来た。
この伝説から、この地は「ヤキツ」と言われるようになり、現在の焼津という地名の由来となった。

え?焼津?

わたしの実家があるその地。。。

なんと、タケルにその昔焼き払われてた!

ひょんなことが発端で、わたしは自分が生まれた地名の由来を改めて知る事になった。
ベルギーにいながらタケルを想い、自らのうぶすな(その人の生まれた土地) にたどり着いた。
さらに調べていったら、実家から500メートル程にある神社に主祭神として祀られていた。
タケルは、生まれた時からずっとわたしを見守って下さっていた。

という、
どうでもいい会話から運命を感じるまでの、
昨夜の超個人的ないきさつ。


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