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② 未練と好き

「でもさ、こうやって会うことはできるから」
煙草を消しながらアツシはこっちを向いた。
「え?」
「最初からオレら、付き合ってもない関係じゃん?だから、ヒトミが寂しい時はいつでも会いに来るし、オレも会いたい」

気がつくと、私は子どもみたいに泣いていた。なんの涙なんだろう。わからないからまた泣いた。

アツシと私は同い年。今年33のゾロ目。仕事が楽しいけど、やめたら二度と戻れない職場にいる私は、ずっと結婚から逃げている。それどころか、ちゃんと付き合うことにすら、目を背けている。
「うちの母ちゃんがさー、そろそろ孫の顔見たいなって言うんだよね」
っていうアツシの言葉に、心が揺れていなかったわけじゃないのに、いつも
「はやくいい嫁もらわなきゃね」
って笑いながら流していた。

結婚したいと言ってくれる女性から告白されたらしい。
母ちゃんのための結婚だよ、今から好きになるんだ、オレ、母ちゃんには小さい頃から迷惑かけたからさ。
アツシが正直に言えば言うほど、私の心はズタズタにされていっているのに、笑顔で理解のある女のフリをして、そんな話を聞きながらまた抱かれるんだ。

アツシが会いたいと言ってくれるのは、私に対する同情なのか、男としての本能なのか、それともキープなのかはわからないけど。

「でもヒトミのこと好きなんだ」

っていう言葉だけで、私の未練がいつか晴れるなら、このままゆるっと続けようと思った。
手放したくなかった。ひとりになるのが怖かった。ずっとこんな居心地のいい関係が続くと思っていた。
それなのに、今は手をはなしたらきっといなくなってしまう存在になってしまった。
いつからか、アツシの腕の龍が絡まるたびに、窒息しそうになっていた。苦しい。

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