「おいしい鍋と愛の話」上演台本
「おいしい鍋と愛の話」 作/大村仁望
〈登場人物〉
三好伊智子(みよし いちこ)30歳……三好家の長女。看護師の仕事をしている。
三好芙実(ふみ)27歳…三好家の次女。保健室の先生。
三好紗苗(さなえ)25歳…三好家の三女。末っ子。フリーター
岡崎雄吾(おかざき ゆうご)45歳…三姉妹の住むマンションの近くのコンビニで店長として働いている。
〈開場中〉
舞台は1DKの一室。奥に出入り口が一つあり、その向こうにキッチン、バストイレ、玄関がある。
伊智子、芙実、紗苗それぞれの布団で寝ている。伊智子の周りは整頓されているが、芙実の布団の周りは服と本で散らかっている。紗苗の布団の周りはとにかく服の山になっている。
ラジオが付けっぱなしになっている。
ラジオからかかる音楽が高鳴り暗転していく。
〈プロローグ〉
アラーム音が聞こえる。
芙実 「紗苗、鳴ってる」
紗苗 「んー・・・」
芙実 「アラーム止めて」
紗苗、アラームを止め、また寝息。
しばらくの静寂。今度は伊智子のアラームが鳴る。伊智子、アラームを止めてゆっくり起き上がり、伸び。
伊智子「・・・さむ」
伊智子、暖房を入れラジオを消す。
伊智子「も~」
伊智子、布団をたたみ、洗面所へ向かう。
再び紗苗のアラームが鳴る。
芙実 「紗苗。ちょっといい加減にしてよ・・・」
紗苗 「何時~?」
芙実 「知らないよもう・・・。私は休みなんだからさあ」
紗苗のアラームを芙実が止め、伸び。
芙実 「さむ・・・」
芙実、テレビをつける。ニュースを見ている。東京オリンピックについてのニュースが流れている。
芙実 「あれ、すぐそこじゃん・・・」
伊智子、着替えて入ってくる。
伊智子「おはよう」
芙実 「おはよー。・・・いっちゃんここ(テレビに映ってる場所)、すぐそこの道だよ」
伊智子「本当だ」
伊智子、化粧を始める。
芙実 「あれ、今日日勤?」
伊智子「ううん。夜勤」
芙実 「今からどっか行くの?」
伊智子「ゴミ捨て」
芙実 「・・・え?化粧して?」
伊智子「・・・」
芙実、化粧をしている伊智子を見ている。
伊智子「なによ」
芙実 「や、別に・・・。化粧、するんだ・・・って」
紗苗のアラームが鳴る。芙実、紗苗の体を揺らす。
芙実 「紗苗、あんたいい加減起きなさいよ」
紗苗 「ん~」
芙実 「仕事でしょあんた」
伊智子「疲れてるんでしょ。昨日も遅かったみたいだし」
芙実 「あーあれか」
伊智子「ん?」
芙実 「あ、いや、歳末セールってやつ?」
伊智子「この時期販売は大変よね」
芙実 「へえ」
芙実、布団から出て台所へ向かう。
芙実 「いっちゃんもお白湯飲む?」
伊智子「うん。ぬるめにして」
芙実、台所から声。
芙実声「いっちゃんお正月は休めるの?」
伊智子「一日は仕事で二日が休み」
芙実声「年末年始って患者さん帰らないの?」
伊智子「全員が帰れるわけじゃないからね」
芙実、白湯を持ってくる。
芙実 「大変だね。どーぞ」
伊智子「ありがとう」
芙実 「・・・ゴミ捨てるだけでしょ?眉毛だけでよくない?」
伊智子「・・・近所とはいえ、ここは表参道よ」
芙実 「千駄ヶ谷の方が近いけどね」
しばらくテレビを見てる芙実。
芙実 「イルミネーションかあ・・・。何年も見てないや」
伊智子「マルオ君と行かなかったの?」
芙実 「最初の頃行ったね」
伊智子「ああ」
芙実 「保健師の試験受けた後で。頑張ったご褒美にイルミネーション見ながらメシでも食うかって誘われて。待ち合わせしてたんだけど」
伊智子「へえ」
芙実 「あいつ十時に仕事終わるって言ってたのに全然連絡なくて、寒い中待ってたんだけどやっと連絡取れたのが十二時近くで。お互い電池5パーくらいしかなくってさ」
伊智子「あー」
芙実 「しかも「今どこ」とか通話してる最中に、電池が切れちゃって。最悪だよ。カップルだらけのイルミネーションの中、ただ電池の切れた携帯を持って呆然としてるわけよ。・・・したら後ろからさ「芙実」って聞こえて。あいつが笑って「すげえなイルミネーション」って、言った瞬間。点灯時間終わって真っ暗になったの」
伊智子「ああ真っ暗か」
芙実 「・・・。で、『もう終電だからわたみん家行こうか』ってなって」
伊智子「三茶の?」
芙実 「そう。ここまで粘ってわたみん家?ってなって」
伊智子「おいしいじゃないわたみん家」
芙実 「ちがう、わたみん家はどうでもよくて、いっちゃん全然興味ないでしょ私の話」
伊智子「朝からテンション高いわねえ芙実」
芙実 「いっちゃんが話ふってきたんだよ」
伊智子「芙実やっぱりまだマルオ君のこと好きなんでしょ」
芙実 「そんな話してないでしょ」
伊智子「応援するわよ」
芙実 「やめてよ」
伊智子、鏡で自分の姿をチェック。
伊智子「じゃ、ゴミ出してくるから」
芙実 「はーい」
伊智子出ていく。玄関ドアの音。それに反応して紗苗目が覚める。
紗苗 「んー・・・」
芙実 「起きた?」
紗苗 「・・・。何時?」
芙実 「八時五分」
紗苗 「・・・ねむい」
紗苗、ゆっくり起きる。伸び。
芙実 「今日何時出勤?」
紗苗 「9時」
芙実 「ぎりぎりじゃん」
紗苗、服を選んで着替えようとする。
芙実 「紗苗!外から見えるでしょ」
紗苗 「芙実ちゃんボーナス入ったんでしょ。カーテン買って来てよ」
紗苗、奥に着替えに行く。
芙実 「私が選ぶやつあんた嫌だって言うでしょ」
紗苗声「うん。いっちゃん仕事?」
芙実 「ごみ出し。いっちゃん化粧してゴミ出し行くのなんでかね」
紗苗声「大家さんでしょ」
芙実 「え?」
紗苗声「ゴミ捨て場で会うらしいよ。長谷川さん、だっけ」
芙実 「あの変なビジネス誘ってきた」
紗苗声「大学の同級生」
芙実 「基礎化粧品にこの布団とあの掃除機つけて二十万だって買わせた」
紗苗声「好意を利用されたなんて言ってたのに、また女みたいな顔してゴミ出しに行ってるわけだよ」
紗苗、戻ってくる。芙実、入れ違いでカップを下げに行く。
芙実声「また長谷川さんからなんか売られないように見張ってないとね」
紗苗 「いっちゃんにはもっといいい恋愛してほしいなあ」
芙実声「いい恋愛ってのがよくわかんないけどね・・・ねぇ、この冷蔵庫の奥にあるお好み焼き、あんたがつくったの?」
紗苗 「ん?ホットケーキだよ」
芙実声「ホットケーキ?何入れたの?」
紗苗 「粉と、牛乳と・・・チアシード」
芙実声「まずそう」
紗苗 「芙実ちゃんの分はないよ」
芙実声「いらんわ」
芙実、戻ってくる。
紗苗 「てか芙実ちゃん、今日休み?」
芙実 「昨日から冬休みだよ」
紗苗 「冬休みって学校行かなくていいの?」
芙実 「正月くらい休ませてもらいますよ。一年間ほぼ土日返上で働いてきたんだから」
紗苗 「保健室大変だね」
芙実 「新学期の準備あるから四日には学校行くけどね」
紗苗 「今年は三人の予定合わなかったね・・・。でも来年はさ、旅行とか行こう」
芙実 「いいね。草津温泉とか」
紗苗 「芙実ちゃん草津好きだよね。あたし温泉ならブルーラグーンに行きたい」
芙実 「なにそれ」
紗苗 「世界最大の露天風呂」
芙実 「へえ。どこにあんの」
紗苗 「アイスランド」
芙実 「え~寒そう・・・」
紗苗 「三人で行ったら楽しいよ」
芙実 「遠いでしょ。草津ならバスで三時間だよ」
紗苗 「私バス酔いするもん」
芙実 「アイスランドなんて言ったらあんたバスどころか様々な乗り物一通り乗らないと行けないでしょ」
紗苗 「移動中もいっぱい写真撮って、インスタにあげて、温泉で泥パックして、またインスタにあげて。楽しそう」
紗苗、歯ブラシを取りに奥へ。歯を磨きつつ話す。
芙実 「いくらかかるんだろ・・・北欧でしょ」
紗苗声「ここでルームシェアしてたらすぐにお金たまるよ」
芙実 「私臨時だからそんなにもらえないもん」
紗苗 「だから来年は本採用狙うわけでしょ。頑張ろうよ。ブルーラグーン行くために!」
玄関ドアの音。伊智子入ってくる。
紗苗 「あ、いっちゃんおはよう」
芙実 「ゴミありがとうねー」
伊智子「あんた達、大家さんからの手紙見てない?」
紗苗 「手紙?わかんない」
紗苗、うがいしに台所へ。
伊智子、部屋を漁りだす。
芙実 「どうしたのいっちゃん」
伊智子「ゴミ捨て場で長谷川君に言われたのよ。今月の頭にポストに入れた封筒、読んでない?って」
芙実 「え?・・・ラブレター?」
伊智子「だったらいいけどね」
紗苗、戻ってくる。
紗苗 「ねえ、いっちゃん。今芙実ちゃんと話してたんだけどさ、来年三人で温泉行こうよ。北欧の」
伊智子「北欧?」
紗苗 「三人でここに住んでたらお金もすぐ溜まるじゃん」
芙実 「あんたは一万しか出してないもんね」
紗苗 「私、なんだかんだいい物件見つけたと思うんだよね。表参道美味しいお店たくさんあるし、綺麗だし。ここ住んだらもう他の所は住めないよね」
芙実 「まだ三ヶ月しか住んでないじゃん」
紗苗 「でも実際二人も便利になったでしょ?」
芙実 「まぁね」
紗苗 「オリンピックまでここに居ようよ。だって新国立競技場そこにできるんだよ」
芙実 「三年もこうやって住むの?」
紗苗のぐちゃっとした荷物の中から色んな封筒と一緒に一つの封筒が出てくる。伊智子、すぐそれを手に取り読み上げる。
伊智子「あった!!」
紗苗 「え?」
伊智子「・・・新国立競技場の建築にともない、土地の売却を命ぜられた次第でございます。よって三好様には大変申し訳ないのですが、来年一月いっぱいで当マンションを退去して頂きたく存じます。なお、敷金は全額お返しし、お引越し費用に関しましてはこちらで負担させて頂く所存でございます。何卒どうか・・・」
間。
芙実 「・・・。紗苗・・・」
紗苗 「ん?」
芙実 「あんた読まなきゃいけない大事な書類とか封筒とか、みんなこうやって部屋の隅にぐちゃってやってるんでしょ」
紗苗 「んー・・・。んん?」
芙実 「一月いっぱいって、もうすぐじゃん」
紗苗 「・・・」
伊智子、紗苗を睨む。
伊智子「さ~な~え~・・・!!引っ越して来たばっかりなのにどういう事よ!」
伊智子、紗苗に近づく。
紗苗 「あ!もうこんな時間だ!遅刻しちゃう!」
伊智子「は?ちょっと待ちなさい紗苗!」
紗苗声「行ってきまーす」
伊智子「こら!紗苗!」
芙実 「ちょっと二人共!」
三人はける。
〈OPムービー〉
音楽と共に表参道の景色が流れていく。
「HitoYasuMi vol.6」
『おいしい鍋と愛の話』
〈一幕〉荷造りの夜
明転。芙実、電話をしている。
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