「元カノカフェ」〜第1話〜「いつものコーヒー」
・登場人物
松原アイコ
代田サヤカ
北沢シノブ
◯街
松原、「元カノカフェ」求人のチラシを持ち佇んでいる。
松原 「…」
◯「元カノカフェ」店内
松原 「こんにちはー…」
コーヒーを淹れていた代田が顔を上げる
代田 「いらっしゃ…来たんだ。久しぶり」
松原 「いえ初めてですけど」
代田 「そっか…忘れちゃったか」
松原 「え、どこかでお会いしてますか?」
代田 「あんなに愛し合ったのにネ」
松原 「…あの…私、面接に来た、松原アイコなんですけど」
代田 「あ…どーも失礼いたしました!店長から聞いてます。どうぞおかけになって下さい」
松原 「いえ、ありがとうございます」
代田 「すいません、うっかり元カノ対応でお迎えしてしまいました」
松原 「私、女ですけど」
北沢 「いいえ、それでこそ元カノの鏡」
いつのまにカウンターか北沢が入ってきている
北沢 「相手が男性だろうと女性だろうと老人だろうと子供だろうと、入ってきた人はみんな元恋人。それがこの、元カノカフェmemoryの方針です」
北沢 「初めまして。店長の北沢シノブです。好きな食べ物はバナナ。好きな場所は井の頭公園と植物園です」
松原 「あ、あの今日面接に来ました松原アイです」
北沢 「松原さん、今日は来てくれてありがとう。あ、彼女は代田サヤカさん。年も近いから仲良くできると思うわ」
代田 「よろしくお願いします!」
北沢 「代田さん、奥からマニュアル持ってきてもらっていい?」
代田 「はい」
代田、マニュアルを取りに行く
松原 「あの、これ履歴書です」
北沢 「ありがとうございます。(履歴書を見ながら)志望動機は」
松原 「ずっと飲食やってたんですけど、どうせやるならもっと変わったところで楽しく働きたいと思って応募させて頂きました」
北沢 「変わったとこ…ねえ。お客さんも、普通の飲食店とは違う層が来るかもしれないけど…大丈夫?」
松原 「え?まあ…でも楽しそうなお仕事じゃないですか。元カノになりきって接客って」
北沢 「楽しそう…ね。あなた、元カノになったことある?」
松原 「え?」
北沢 「元カノになったことあるかって聞いてるの」
松原 「まあ…元カレの数だけ、元カノになったことはあると思います」
北沢 「楽しい?元カノ」
松原 「いや…。元カノになった瞬間は…悲しいですね」
北沢 「なんで?」
松原 「え?」
北沢 「なんで悲しいの?」
松原 「そりゃ、まだ好きだから」
北沢 「そうでしょ?そうでしょ!元カノっていうのは常に失恋の痛みを抱えながら、元カレのご来店に一喜一憂する仕事なの!」
松原 「…はい」
北沢 「舐めてもらっちゃ困るから」
松原 「ごめんなさい」
北沢 「私たち、プロの元カノのなの」
松原 「…はい」
北沢 「ではまずウチのカフェの説明しますね。このお店は、男の子が抱いている、元カノへの淡い想いを疑似再会という形で体験できる、新しいエンタメカフェになります」
松原 「はい、ホームページで見ました」
北沢 「仕事内容は簡単なウエイトレス業務と接客。基本的にホールは、平日の場合二人で回します」
松原 「あの。何人か元カノというていのスタッフが店内にいて、お客さんがみんな元彼ってちょっとよくわからないんですけど」
北沢 「メイドカフェの業務形態をイメージしてもらえたらいいかしら」
松原 「でも元恋人ですよね。もしも「お前となんか付き合ったことないわ」みたいに言われたらどうするんですか」
北沢 「別のスタッフが元カノっぽくオーダーを取りに行ったり声をかけにいくだけよ」
松原 「はあ」
北沢 「大丈夫。これからウェブの方にも「楽しみ方マニュアル」のページを作ったり、出勤してる女の子の写真載せたりしていこうと思ってるから」
松原 「ネットに顔出しするんですか」
北沢 「あ、NGだった?」
松原 「まあー…できたら」
北沢 「大丈夫よ。フォトショップで別人ってくらいにいじるから」
松原 「載せる意味ありますか?」
北沢 「大丈夫。あなたよく、友達のお姉ちゃんに似てるって言われるタイプでしょ?」
松原 「どんなタイプですか。まあ言われまますけど」
北沢 「どこにでもいそうってこと。誰も松原さんだとは思わない」
松原 「失礼ですね」
代田戻ってくる
代田 「店長〜遅くなってすいません」
北沢 「代田さん、いいタイミングね。ちょうどムードが険悪になりかけてたの」
松原 「あなたの…」
代田 「(松原に)これがマニュアルになります」
北沢 「先程説明した内容を細かく書面におこしたものよ。これからすぐ研修を始めるから、目を通してちょうだい」
松原 「はい(読んでいる)」
北沢 「代田さんが全然来ないもんだから、私知らない人と二人きりで緊張したよぉ」
松原 「絶対そんなことなかったですよね」
代田 「店長は緊張するとちょっと小悪魔入っちゃうんです」
松原 「小悪魔?」
北沢 「いったいどこまで行っちゃったのかと思った~」
代田 「ごめんなさい店長。マニュアルがしまってある棚が届かなくて...。ついつい元彼のことを思い出してたら時間が経ってしまいました」
北沢 「そうだったの…」
代田 「彼、いつも意地悪な顔して「しょうがねえなあ」って笑いながら上にあるもの取ってくれてたんです」
松原 「代田さんは彼氏さんと…別れてどれくらいなんですか」
代田 「え?彼氏いるよ」
松原 「ん?」
北沢 「代田さんの言ってる元彼っていうのは、脳内元彼のことよ」
松原 「脳内…?」
北沢 「この店で働くスタッフは。サロンをつけたら完全元カノになりきるの」
代田 「そして身に起こるすべての出来事を、脳内元彼との切ない思い出とリンクさせるんです」
北沢 「それが元カのカフェ『memory』の方針です」
松原 「なにそれ」
北沢 「そういう心境を常に作っておくことが完璧な元カノへの第一歩。大丈夫松原さんにもできるわ」
松原 「え」
北沢 「採用よ」
松原 「あ、ありがとうございます!頑張ります…!」
北沢 「じゃあさっそく研修に入りましょうか。まずは発声練習から」
松原 「発声?」
北沢、ラジオ体操のような曲をかける
あっけにとられる松原
北沢 「(松原に)まずは代田さんにやってもらうから、後に大きい声で続いて。さんはい」
代田 「(大きな声で)いらっしゃ…来たんだ。久しぶり」
北沢 「リピート」
代・松「(大きな声で)いらっしゃ…来たんだ。久しぶり」
北沢 「はい、次」
代田 「(大きな声で)思い出というものは、生きる度に美化される」
三人 「メモリー・メモリー・メモリー」
北沢 「(松原に)メモリーのとこね」
代田 「(大きな声で)男はちゃっかり別名保存、女は上辺の上書き保存」
三人 「メモリー・メモリー・メモリー」
北沢 「じゃあ、次。180cm 以上の男性が来たら。はい」
代田 「(大きな声で)いらっしゃ…来たんだ。久しぶり。背、また伸びたね」
北沢 「言ってみて」
代・松「(大きな声で)いらっしゃ…来たんだ。久しぶり。背、また伸びたね」
北沢 「じゃあ、次。眼鏡をかけた男性が来たら。はい」
代田 「(大きな声で)いらっしゃ…来たんだ。久しぶり。眼鏡、相変わらず似合ってるね」
北沢 「言ってみて」
代・松「(大きな声で)いらっしゃ…来たんだ。久しぶり。眼鏡、相変わらず似合ってるね」
北沢 「完璧!」
代田 「これ毎日朝礼でやるんで覚えて下さいね」
松原 「は、はい」
−完。
2話へ続く。
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「元カノカフェ」〜第1話〜「いつものコーヒー」
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