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スキを、スキでいるために。

 皆さんは、「好きだったもの」、ありますか?
 「だった」と過去形なのは、昔より熱量が落ちたことを表しています。子どもの頃は好きだったのに、いつからか見向きもしなくなってしまった。そんな経験は皆さんもあると思います。

 わたしも「好きだった」と過去形になってしまったものがふたつあります。ひとつは大学生の時に。ひとつは社会人になってから。
 スキをスキで居続けるのは、意外に難しいことかも知れません。


 わたしの「好きだったもの」は細田守監督作品『時をかける少女』です。

 細田守監督の名を日本中、いや世界中に知らしめた作品なので知っている人も多いと思います。とても好きな作品だったのですが、今では好んで見ようとは思いません。なぜなら、この作品を【研究対象】にしてしまったから。

 わたしは大学で近代文学ゼミを専攻していました。4年生の卒業論文作成にあたって、なにを題材にするか頭を悩ませた結果、この作品を選んだのです。「好きな作品だし、作中に謎も多いしちょうどいいや!」なんて軽い気持ちで選択したのが運の尽きでした。

 作中のアニメーション映像に隠された伏線はないか。主題歌の意味は。なんでタイムリープのアイテムがクルミなのか。

 そんなことを考えながら映画を何度も見直す日々。娯楽として楽しめるワケもありません。
 ちなみに2か月の間に14回も見ました(笑)

 20,000字書けるほど掘り下げられる論点がなかなか見つからず苦悩する日々だったため、『時かけ』はわたしの苦い思い出の象徴なのです。


 もうひとつのわたしの「好きだったもの」はテニスです。

 といっても、プライベートでするテニスは大好きです。熱量が落ちてしまったのは「教えるテニス」です。

 わたしはテニスコーチを務めることで生計を立てています。テニススクールに就職した理由も至ってシンプル、「テニスが好きだから」。

 ただ、当然ですが自分が好き勝手にするテニスと、誰かに教えて、さらにはお金をもらうテニスは全く別物です。

 自分がいい思いをするなんてあってはなりません。時には道化を演じながら、お客様にいい思いをしてもらわなければなりません。

 現在は「お客様に喜んでもらう喜び」を見出してモチベーションにしていますが、テニスコーチなりたての頃はホントにテニスが嫌いになりそうでした…今でこそ笑って話せますけどね(笑)


 スキというのは自分のタイミングで触れられるもの、に生まれる感情かもしれません。

 研究「しなければいけない」、仕事で「しなければいけない」。
 can(=できる)からmust(しなければならない)に変わってしまった時に、スキの気持ちは試されます。

 スキを仕事に、なんてキャッチコピーをどこかで聞いたことがありますが、なかなか難しいものです。

 must の環境でもスキで居続けられるのであれば、大切に、大切にしてください。
 それはきっと、特別なモノだから。

-ヒトカツ。-

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