5歳の虫捕り男子と考える保全生物学
5歳の虫捕り男子
私とSNSで繋がっている人は知っての通り、我が家の長男は生き物好きである。
特に夏は2歳の頃から虫捕りばかりしている。
私は元々虫が大嫌いで、子どもを産むまでどんな小さな虫でもぎゃーぎゃー言っていたし、触るなんて以ての外だった。
しかしヲタク気質の私は「何でも調べれば面白い」と感じてしまうため、図鑑を毎日見るうちに見慣れ、今では昆虫の奥深さにすっかり魅了されている。
ある日の虫捕り
年長になった今も、天気が良ければ虫捕りをメインに行きたい公園を考える。
8月中旬からはトンボを捕りたかったので、水場がある場所に行くことが多かった。家の近くに良い水場を発見したので、この夏は通い詰めていた。
しかし流石に家の近くの虫は見慣れてしまったので、その日は自転車で15分ほどの隣の区の公園に行くことにしていた。
虫捕り網2本、水生昆虫や魚、ザリガニを捕るための網2本、虫かごは普通のアクリルのもの1つと網の籠、手袋、木を揺すって甲虫を落とす場合に地面に敷く大きめのゴミ袋を持っていく。
余談:虫捕りおすすめアイテム
網の籠は、虫捕り男子オススメアイテムなので、少し言及しておきたい。
蝶やセミなど、翅が繊細だったり飛び回る大きめの虫を、普通のアクリルの虫かごに入れると翅が破損することが多い。
基本的に息子はキャッチアンドリリースなのだが、観察するために帰るまでは虫かごに入れているので、その間に翅が破れて弱ってしまうことがあった。
ダイソーに虫用の網の籠が売ってはいるのだが、小さめで使い勝手が悪そうだったので、たまたま見つけた3coinsの野菜を干す網で代用している。
3つに区切られているため、3種類の虫を入れられる。
また、中に虫を入れていない時はかなりコンパクトになるのも携行性がよくて気に入っている。
虫捕り網にもこだわりがあるのだが、それはまた別の機会に。
さて、目的地の公園は、木が多いエリアと草が多いエリアがあり、甲虫も期待できるので、私もウキウキで出発した。
収穫1:セミ
木が多いエリアに着き早速偵察。
セミの抜け殻がわんさかあって、死骸ではあるがツクツクボウシを観察できた。
ツクツクボウシは警戒心が強いため、生きている状態で捕まえるのが難しい。家の近くの公園にはなかなかおらず、いても高い木の上の方にいることが多い。
私はアブラゼミより、透明な翅を持つセミの方が好きなので、ツクツクボウシの死骸が見られてよかった。ちなみにミンミンゼミも綺麗な緑と透明な翅が好き。ニイニイゼミは成虫はそこまで好きじゃないけれど、抜け殻が可愛くて好き。
という感じで、セミには出会えたのだが、全体的に背が高い木が多く、高いところにいるのか、甲虫にもなかなか出会えなかった。
早々に諦めて、草の多いエリアに移動することにした。
その道中。
収穫2:外来種!?
翅を広げて留まっている、大きめの蝶に遭遇した。
木エリアと草エリアは入口が遠く、自転車で後ろに息子を乗せて移動していたのだが、息子が後ろの席から「外来種だ!」と叫んだ。
慌てて自転車を止めると、息子は急いで降りて、サッと網で捕まえた。
実はこの公園に来るまでの1週間、「外来生物ずかん」という図書館から借りた本を熱心に読み込んでいた。
この本は、外来生物の生態と、外来生物法や駆除方法などをわかりやすい言葉で説明してくれているので、幼児・小学生の図鑑としてはかなりの良本だと思う。図鑑系は図書館で借りたもので気に入ったものは購入することがあるのだが、これは是非買いたいと思っている。
この図鑑を読み込みまくっている息子が言うのだから外来種なのだろうと思い、「アゲハ 外来種」と検索すると、「アカボシゴマダラ」と出た。
その時は図鑑を持参していなかったので、ネットで検索したのだが、
「見つけたら駆除が必要である」
とある…
駆除をしなくてはいけないのか
私は息子の影響で、静岡大学の加藤英明准教授が出ているTV番組やyoutubeをよく見ているのだが、「特定外来生物」に指定されている外来種は、持ち運ぶことが禁止されているため、許可証を持っているかその場で殺すかをしないと、法律違反になることを何となく知っていた。
「見つけたら駆除が必要である」ということは
特定外来生物なのだろうか…?
特定外来生物に指定されていなくても、
他の指定で駆除が必要だったり…?
まがいなりにも法学部を出ている私は、法律違反になることが嫌だったのと、よくわからないからと適当な対応をしたら虫好きの息子に悪い影響を与えてしまうのではと考えて、区の公園を管理する課に電話することにした。
「すいません、〇〇(苗字)と申しますが、
今息子と〇〇公園で虫捕りをしていたら、外来種のアカボシゴマダラという蝶を捕ってしまって、ネットで調べたところ『見つけたら駆除が必要である』と書いてあり、どのように対応したらよいのかお聞きしたくてご連絡しました。」
ごめんなさい…面倒臭い電話をして…と思ったのだけれど、とても丁寧に対応してくださった。
一旦調べるので折り返しますとのことで、数分後に折り返しが来た。
「確かに外来種で、在来種と競合するようなので、殺していただくのが一番ありがたいですが、難しければリリースしてもらっても大丈夫です。」
ということだった。
「どうやら特定外来生物ではないらしい」とこの時は思ったのだが、のちに確認したところ、特定外来生物であったとしても、条例で規定されていなければキャッチアンドリリース自体は問題ないそうである。それについては後ほど詳しく説明する。
生態系を守るのか、目の前の虫の命を守るのか
ひとまず法律違反にはならなそうなので、後は息子と対応を相談することにした。
私は生態系を守ることについての説明をまずした。
・区役所の人は、殺すのが一番ありがたいと言っていた。
・この公園の生態系を守るためには、中国のこの蝶はここにいてはいけない
息子は既に、外来種が生態系を乱し、在来種が少なくなってしまうことの重大さを理解しているので、簡単に上記2点を伝えた。
でも息子の答えは
「この子が好きでここに来たわけじゃないんだから、殺すのはかわいそう」
だった。道徳的。
そうなんだよね、その通り。
アカボシゴマダラの定着は、蝶愛好家が野外に放したこと(故意かどうかはわからないけれど)が原因らしい。そもそもどんな外来種だって、外国に来たくて来たわけじゃない。外来種自体が悪いわけじゃない。結局悪いのはヒト。
倫理と生物学の狭間で、5歳の息子と答えを出すには難しい問題に図らずも直面してしまった。
「そうだね。じゃ今日は逃がそう。でももし〇〇(息子)が大きくなって、生物の勉強をして、生態系に関する仕事をするようになったら、今日とは違う答えになることもあるよ。何が正しいのか、これから一緒に考えていこうね。」
ということでリリースした。
私はその後も、地球を守ろうとする人間の行いと、破壊する人間の行いと、犠牲になる生き物たちについてぐるぐる考えてしまったが、草エリアに移動して蝶やトンボを捕るのに忙しい息子は、そんなことすっかり忘れたかのように汗だくになって走り回っていた。
いつか大きくなって、このことをふと思い出してくれればいいな。
(もう忘れてるかもだけど)
さて、導入が長すぎて読む人がいるのかわからないが、アカボシゴマダラと特定外来生物について説明したいと思う。
特定外来生物とは
特定外来生物とは、外来生物法で指定されている外来種である。
大きな被害を及ぼす、もしくはその恐れのある種類を指定している。
ただ、数が圧倒的に増えて定着しているにも関わらず、アメリカザリガニのように釣って飼ったりしている人が多すぎる場合、混乱をきたすため、指定されていないという生物もあるようだ。
特定外来生物に指定されると、下記が全て禁止。
・飼育・栽培・保管・繁殖の禁止
・放出の禁止
・運搬の禁止
・譲渡の禁止
・輸入の禁止
違反すると懲役や罰則もある。
既に飼っている状態で指定された場合は、飼っていることの届け出が必要で、最後まで責任を持って飼う必要がある。
放出の禁止とは、既に飼っていて、どこかに放してしまうことの禁止を意味する。特定外来生物を野外でたまたま見つけて捕った場合は、その場で放せばOK。
ただ、別途地方自治体の条例でキャッチアンドリリースも禁止されている場合がある。
これは調べたところ、釣りでブラックバス(オオクチバス)が釣れた場合、リリースを条例で禁止している県がいくつかあった。
(ただ、条例違反をした場合、罰則がないか、あっても違反者の「住所氏名公表」のみである。辱めを受けるだけ。)
生態系被害防止外来種リスト
外来生物法の他に、環境省は「生態系被害防止外来種リスト」というものを作っている。
このリストには罰則はないが、外来生物法で指定されている生物も含めて、対応が必要な外来種がリストアップされていて、現在の状況や今後の可能性を専門家が判断し、正しい取り扱いと管理方法を合わせて記載しているものである。
また、国内外来種(日本国内の種だが、元々生息していた地域とは別の地域に人為的原因で定着してしまった種)で危険なものもリストアップされているのが特徴である。
例えば、ニホンイタチは元々三宅島にはいなかったのだが、人為的に放され定着してしまった。これにより島固有の生物が絶滅の危機に瀕している。この場合、ニホンイタチは三宅島にとって国内外来種である。
リストには区分けがあり、下記のように分かれている。
<生態系被害防止外来種リストの区分け>
・総合対策外来種
・緊急対策外来種(緊急性が一番高い)
・重点対策外来種(甚大な被害が予想されるため対策の必要性が高い)
・その他の総合対策外来種
・産業管理外来種
・定着予防外来種
侵入予防外来種
その他の定着予防外来種
今回見つけたアカボシゴマダラ
今回私たちが見つけたアカボシゴマダラは、重点対策外来種であった。
リスト上の区分けだと2番目に駆除の必要性が高そう。
ただ、特定外来生物でもなく、もちろん条例もないので、今回私たちが行ったキャッチアンドリリースは問題ない。
やってはいないが、虫かごに入れて移動することも問題なかったわけだ。
しかし、在来種に影響を与えるのは変わりないし、今後緊急性が高まる可能性もある。
関東にお住いの方は見かける機会もあるかと思うので、具体的な生態と影響について触れておきたいと思う。
<アカボシゴマダラ>
リスト区分け:重点対策外来種
分類:タテハチョウ科アカボシゴマダラ属
元々の分布:中国
日本での分布:関東全域
住んでいるところ:公園など
見た目はゴマダラチョウだが、赤い模様が特徴である。
国内では奄美大島だけに住む希少種だが、中国の亜種が蝶愛好家によって人為的に離され関東に定着。
1998年に神奈川県藤沢市で見つかったのが最初だそうだ。
具体的な被害は、競合である。
アカボシゴマダラの幼虫が食べる葉(エノキの葉)がオオムラサキやゴマダラチョウと共通なのだ。
オオムラサキって日本の国蝶だけど、今ではなかなか見つけることはできない。だから競合は本当に避けたい!!!あ、もちろんゴマダラチョウも好きだよ!(取ってつけたような言い方)
外来種を野外で見つけたら
最後に、外来種を見つけた場合どうすべきかについて、既出の「外来生物ずかん」を参考に、今回の件も交えて説明しておこうと思う。
今回息子は、外来種とわかっている状態で捕まえてしまった。
しかし、もし外来種とわかっているのであれば、不用意に捕まえない方が良い。
特に特定外来生物の場合は、捕まえてしまうとリリースできないもの(つまりその場で殺さなきゃいけない)もいる。子どもと虫捕りや魚釣りをしている時に、捕った生物を殺すのは精神的に難しいため、最初から捕らないのが一番だ。
たまたま捕ってしまったものがどうやら外来種だが、その場で調べてもどうしたらよいかわからない場合や、特定外来生物とはっきりわかるものを見かけた、もしくは捕まえてしまった場合は、その場所を管理するところに連絡して相談するのがよい。大型の公園は公立の場合が多いかと思うので、役所の公園管理課、公園緑地課などに電話してみよう。
<特定外来生物を見つけた時の対応>
・特定外来生物は見つけても捕まえず、その場所の管理者に連絡する
・特定外来生物ではなくとも、生態系被害防止外来種リストの外来種は不用意に捕まえない
・特定外来生物を捕まえてしまったら、条例が定められていない限り(その場所の看板などに記載されていることが多いため確認しやすいと思われる)、すぐリリースする
・リリースできない場合は、その場所の管理者に連絡して対応を聞く
※追記
今回は、子どもとの虫捕り・魚釣りを想定しているため、その場で殺すことが難しい前提で書いているが、できるのであれば見つけたら自分で駆除することもできる。
外来種の駆除のことを「防除」と言い、環境省が手引きを出しているので参考までに。
環境省「防除の手引き」
https://www.env.go.jp/nature/intro/3control/tebiki.html
おわりに
冒頭に書いた通り、私はそもそも虫好きではなかったし、生き物も人間以外嫌いだった。
しかし、息子を通して生き物の奥深さを知り、30歳を過ぎてから爆発的に知識が増えている。
地球に生命が生まれて今に至るまでの歴史(恐竜はもちろん、その前の時代の古生物も好き)、
人類の進化の歴史(古生物には人類の祖先も入ってるので好き)、
海や川や池の生き物も、虫も、爬虫類も、哺乳類も好き、
世界地図も好きで、世界や日本の歴史ある場所を紹介したテレビも好き(世界遺産の番組とかブラタモリとか)
…
もはやこれは「地球好き」。
いろんな生物が生きる地球の、一生物としての「ヒト」として、自分がどう生きるべきか、地球好きの息子によって日々向き合わさせてもらっている。
出典・参考
「外来生物ずかん」五箇 公一 (監修), ネイチャー&サイエンス (編集)
加藤英明氏のYoutube
https://www.youtube.com/channel/UCtpkZ0sEHEXcuaOLXF7s3SQ
https://www.youtube.com/channel/UCqYVIjhaTwhzKlyGte76ZFA
環境省「外来生物法」
https://www.env.go.jp/nature/intro/1law/index.html
生態系被害防止外来種リスト
https://www.env.go.jp/nature/intro/2outline/iaslist.html