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電車

よく晴れた穏やかな日、半袖じゃ寒いけど上着を羽織ると若干、あつい。すぐ横にある窓から、やさしい光が時折り、顔をちらちらと照らす。
いつだって金はないけど、時間はある。新幹線なら2時間のところ、7時間かかる在来線を乗り継ぎ、僕は帰省していた。
タイヤと線路が一定のリズムと振動を伝える。車両の関節部分が軋む。若い女性の流暢な言葉が次の停車駅を告げる。外国語は流れない。染み付いた埃っぽい匂いがする。壁や天井、床は全体的に日焼けしている。車内には、僕を含めても3人ほどしかいない。草木を掻きわけて、山のなかをゆっくりと進んでいく。ふたりがけの座席が2列並んでいて、ところどころに残った黒や茶色のシミが列車の古さを目立たせた。座席の上の方にある白かった布も、いまはもう黄ばみや汚れが染みついている。行き場のない視線は窓の外に向かう。大きく伸びすぎた野蒜や菜の花、散りかけた桜がいくつも咲いている。黄緑色の新緑が、ただひたすら上を向いてのびている。田んぼだ。畑だ。案山子だ。なにかが植えられているのだろうか。遠くに見えた平家は小さくなり大きくなりを繰り返して、見えなくなった。
山ばかりだった景色にスーパーマーケットや工場が増えはじめたとき、僕と並行して走る道があった。見覚えがある。何度か通った。

5年前、初めてのバイクを買ったとき、大きなトラックが何台も通るこの田舎道で、道路のど真んなかを走った。バイクのいろはを知らなかった僕は、猛暑日だというのに半袖にハーフパンツ、サンダルという格好だった。容赦ない太陽が僕とバイクを照らしていた。怖かったけど、気持ちよかった。途中で買った水がとんでもなく、うまかった。口に入ってきた塩辛い汗を、冷たい水がすぐに掻き消した。僕たちは爽やかな汗をかいたんだ。
ちょっと遠くのパン屋さんに出かけたときにも通った。途中でコンビニのアイスコーヒーをふたつ買った。少し開けた窓から車のなかに入ってくる生ぬるい風が気持ちよかった。ポール・マッカートニーの曲が生ぬるい風とともに、僕たちの間を埋めた。
温泉にでかけたときにも通った。温泉に行くといいながら、道中は海鮮丼や大きなエビフライの話で盛りあがった。温泉からあがったあと、彼女はビールを飲んでいたが、僕は飲めないのが少し残念だった。そのあと、海辺を散歩したけど、暑くてもう一度温泉に入りなおしたんだった。
ちょうど2年前の夏のことだ。それ以来、この道を通ったことはない。
冬に差しかかる頃、僕は移動になった。人づき合いがあまり得意ではなく、慣れるまでに時間がかかった。こまめな連絡だって、好きじゃなかった。だからいっしょに暮らしていたんだ。そんな僕に嫌気がさしたんだろう。ついに彼女からの連絡は途絶え、僕から連絡することもなかった。

見慣れた道はまた、人の気配をなくし、鮮やかな草木の生い茂る山のなかをひたすら進む。次第に空が曇りはじめ、雨が降ってきた。列車のリズムは変わることなく僕に振動を伝える。駅に到着するたびに開閉する扉からは、誰も乗ってこない。ぬるい湿気だけが僕の全身に纏わりつく。雨の滴が窓にあたっては横向きの細い線をいくつも作る。ゆっくりだと思っていた電車は、思いのほか早く走っていた。
僕の乗る車両はいつの間にか、僕だけになっていた。

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