チヤホヤされたいわけじゃない(小説ショート)
ぐちゃぐちゃ考えたって明日は来るし、嫌なやつにも笑いかけなきゃいけない。愚痴ばかりの飲み会は果てしなくつまらないし、悩み相談と見せかけた自慢話は聞くに耐えない。
ウィーン、ウィーン
ハイパワーで掃除機をかける。男性ばかりの職場は私が掃除しないと埃が溜まっていくばかりだ。オフィスの入り口にポツンと置かれた誰かからの頂き物、紫陽花の植木鉢には誰も気がつかなくて、放っておけば萎れている。誰がくれたのかすら、誰も知らない。黙っていればお菓子のゴミはあちらこちらに落ち始めるし、飲みかけのコーヒーカップは次に飲むまで放置されて、茶色い線と水玉模様のみたいなシミが幾つもできている。いつ書いたかわからないようなメモは散乱し、どこに何かあるのか、物の住所を知っている人は、多分私以外にいない。
「今年度からお世話になります。木村です。愛知県出身です。ずっと野球部のマネージャーをしていました。よろしくお願いします!」
パチパチパチパチ・・・
「かわいいねぇ」
「華やかだねぇ」
男性陣の嬉しそうな声を真横で聞きながら、いっしょに拍手をする。新卒で23歳、私とは3個違いだけど、この3個は大きいと、思う。女性の職員は私の他にもう2人しかいなかった。
1人は31歳の佐伯さん、もう1人は42歳の熊野さん。2人とも優しくて、気が利いて、すごく過ごしやすい。たま〜に飲みにいくくらいの距離感も心地が良い。担当エリアが違うのであまり仕事上の接点がないけれど、昼食をともにすることも多く仕事仲間以上友だち未満、みたいな関係性だと思っている。
新卒の木村さんで女性職員は4人目になる。女性にしか話せないような内容も多いし、女性の方が少し言えば伝わるので、いっしょにいてラクだ。だから、木村さんが増えて、嬉しかった。
少なくとも4月はそう思っていた。
「木村さん、体調大丈夫?」
「きょうは早く帰って良いよ」
社会人になっての体調不良は、自己管理ができていないことを知らしめているようで恥ずかしい出来事・・・だと思うのだが、まだ1ヶ月ほどしか経っていないのに体調不良による早上がりはすでに5回目だった。
噂の木村さんは私と同じエリア担当に配属されてきた。雑誌広告の飛び込み営業、ハードな職場に女性が増えて、初めは嬉しかった。細かいところに気づいてくれる人が、私と同じことを共感してくれる人が、仲間ができたと思った。
しかし、浮かれた男性陣は思いのほか彼女を甘やかし、常に誰かが話しかけている状態が日常化した。おかげで私はいつも以上に電話を取らなきゃいけなくなったし、スケジュール調整や請求書の準備までやる羽目になった。何度もお昼ご飯を食べ損ねているせいで、佐伯さんたちにも会えていない。
地元を離れてさみしそうだったし、私にもそういう時期があったので彼女の気持ちを思うと、思い出していまでも寂しくなるほどだった。食事に誘ったり、付き合いたてのカップルのような長電話をしたり、猫カフェに行ったり、水族館や動物園、映画も観に行った。
だから対価を、という話ではない。純粋に仲良くなりたかった。職場に友だちがいたら最高じゃないかと思っただけだった。
しかし、今となれば、良いように使われていただけだったんじゃないか…とすら思えてしまう。
私が電話対応に追われ、何度目かわからず昼食を逃したときだった。
「秋山さぁん、お昼食べれてないですよね?何か買ってきましょうか?」
周囲の若い男性陣を連れて、言いにきた。
「私も忙しくて遅くなっちゃったので、今から買いに行くところなんですぅ」
いちいち伸びる語尾が、鬱陶しい。
「ううん、昨日作りすぎたシチュー食べすぎちゃったから、きょうは食べなくていいや。ありがとう」
「ほんとですかぁ?じゃあ行ってきますぅ」
「行ってらっしゃーい」
ワイワイと遠ざかっていく若者衆を後ろに感じ、ドッと疲れを感じる。
「木村さん、秋山さんの分も聞いてあげて気が利くねぇ」
「そんなことないですぅ」
そんなに離れているわけでもないのに、すごく歳の差を感じる。これが若さだとしたら、私はずう〜っと昔に、若さを置き去ってきてしまったようだ。
実際にシチューは作りすぎたし、食べ過ぎた。ただ、私が朝食を摂らないことは知っているはずだ。そもそもシチューがそんなに腹持ちするはずがない。ほぼ、飲み物だ。気を遣わずに木村さんが買いに行けるように気を遣ったのに、何も気がつかない。
それに、昼食をとりそびれているのは今年度に入ってから増えた。きょうが初めてでもなんでもない。それなのに、きょうばかりわざわざ声をかけてきて・・・
「はぁ〜」
ため息をつくと、周囲の人を心配させるから、つかないようにしている。周りの人がいないのを確認してから、思いっきり大きなため息を吐いた。
スケスケの思惑で私が恥ずかしくなる。
「秋山さんも無理せずに休んでくださいね」
そう言ってきたのは隣の席の鈴木さんだった。鈴木さんは私が忙しくなったのも、全て見ている。
「ありがとうございます。これ、この間東京へ行ったので、お土産にどうぞ」
と、こっそり渡した東京ばな奈を隣人の彼は静かににこっと受け取った。
先程まで晴れていた空はいきなり陰り、急な雨が降り始めた。紫陽花は昨日お水を多めにあげたからか、昨日とはうってかわって元気に花開いている。