くちゃくちゃ
上目遣いに、ほんのわずかな時間、たまたまそこに目をやる。
咀嚼音が聞こえる。ドーナツ、ケーキ、ビスケットがおしとやかに整然と陳列している。よくわからない女性ボーカルのゆっくたりとした曲がひたすら流れている。リュックを背負う人の摩擦音、赤ん坊の泣き始めそうで泣かない声、主婦の愚痴話、オーダーを読み上げる細いがはっきりとした声、お皿を重ねる音、カップに湯が注がれている音、水道を捻る高音、車椅子のゴムが床との摩擦を起こしてスキール音が聞こえる。
斜め向かいに横並びに座っている母娘らしきふたりは、少し余った時間を潰すようにぼーっと私をみている、気がする。なんだか視線を感じ、私もそれとなくその二人に目をやる。
春らしい淡い黄色のカーディガンを羽織り、ふんわり軽いスカートに黒のパンプス、決して安くはないだろう、上品さを漂わせている。私を見る目は、前を歩いている人が吐き出したガムを見るような目つきだと思った。小学5年生くらいだろうか、少し成熟した子どもも同じように黄色のカーディガンを羽織っているが、猫背が目立つ。肉付きも良い。肌の綺麗さやふたりの雰囲気から、整っている生活感が滲み出ている。母親は上品そのものだが、娘の方は黒いスカートに小さな白色のドット柄のスカートを履いているものの、だらしなく足を開き猫背で、口を開けながら飲み食いしている。黒く美しい髪と眉毛は生えたままで、母親と違い手入れされた美しさではない。何も手の入っていない美しさだった。
私にはない、どんなに姿勢を正しても、どんなに綺麗に食べようとも、私にはない美しさを、その娘は持っていた。