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ハサミとスペイン

スペインでの留学中のこと。ある日同じ語学学校に通い、同じピソ(アパート)に住むオランダ人の女の子(のお父さん)に、オランダに招待を受けた。なんとも、彼女のお誕生日プレゼントらしい。5~6歳ほど年下ではあったものの、パーティーピーポーでほぼ家にいなかった彼女を、何か特別お世話した記憶もなかったのだが、ぜひにということだったので、よく意味が分からないままオランダへと飛ぶこととなった。

彼女の父親が手配してくれた飛行機に乗るべく、早速空港へ。チェックインを済ませ、荷物も無事預け、あとは自分が飛行機に乗るばかりとなり、セキュリティーチェックへ向かい…全てはうまく進んでいた。はずだった。。が、

まさかの荷物がひっかかってしまった。エラーの正体はーハサミだった。なぜ持って行ったか自分でも全く理解できない。ハサミを持っていたのだった。

再度カウンターでスーツケースに入れて預けるか、もしくは捨てますか。職員が容赦なく私に問いかける。瞬時に頭の中で自問自答が始まる。捨てますと、即答できない理由はそのハサミにあった。

そのハサミは、私が小学1年生の時、お道具箱の備品の一つとして入っていたもので、その当時からとても大事にしていた。というのは嘘で、なぜだかスペインまで持ち込み、更にはこんな数日間のオランダ旅行にまで持ってきてしまったものだった。なぜだか全く分からない。

大した愛着もなかったはずが、そこまで時間を共にしてきたものをスペインの空港で捨ててくださいという決断も優柔不断の私にはできず、とりあえずチェックインカウンターへと戻る。かくかくしかじか恥ずかしながら空港職員へ相談する。訳の分からない東洋人の、下手なスペイン語でのハサミに関する必死の訴えは、とてつもなく奇妙だったと思う。職員は「何かしらカバンにいれて預けてください」と一言。

他に預け入れのできるカバンを持ち合わせてなかった私は、トボトボと空港のスーツケース売り場へと向かった。世界中に名の知れたその店は、小さなものからとても高い。出発時間も押し迫る中、高級なカバンを片手に、またもや自問自答が頭で始まった。「待てよ、これを買ってまで、大事にするほどのハサミなのか…」

窮地に立って閃いた私は、いちかばちか、店員に尋ねる。「このハサミを私が旅する数日間預かることはできますか」。チェックインカウンターでの必死の訴えを上回る奇妙さ、いや、気味の悪さだったことかと思う。しかし返ってきた答えは「Si,いいよ」だった。

こうして、私は無事にオランダへ出発することができ、よくわからない歓迎を受け、スペインへと舞い戻り、無事にハサミを受け取ったのだった。

お前が言うなと言われそうだが、スペイン人のこういった理解しがたい行動や、想像をはるかに超えてくる対応が、今なお私を魅了しつづける。全くもって奥深い国だ。

ところでそのハサミだが、愛着とは不思議なもので、その旅行を機に私にとってなくてはならない存在となり、今もまだ大事に使っている。大して切れはよくないのだが…愛着ってそういうものだろう。



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