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令和6年・春場所雑記

荒れる春場所

よく目にし耳にするフレーズですね。季節が冬から春に移り変わり、天候が不安定になるこの時期に開催される大阪・春場所は、上位陣が崩れることが多く、番狂わせが起きやすいことからくる言葉です。

ただ、実際にはどうなのかな? 試みに、年6場所制が定着した昭和33(1958年)年以降、昨年までに発生した、究極の番狂わせである平幕優勝の回数を場所別に見てみました。

年6場所制になってから65年390場所のうち平幕優勝は25回(やっぱりレアですね) そのうちいちばん多いのは7月の名古屋場所で7回。お相撲さんは寒さよりも暑さに弱いのかな。次いで初場所と秋場所が5回ずつで、夏場所が4回、そして大阪・春場所はこれまで2回だけ(九州場所も同じ2回) 平幕優勝だけが波乱ではないですが、これを見るかぎりでは春場所だけを「荒れる」というのはイメージ先行過ぎる気がしますね。

ところがところが、今年の春場所は大相撲史上に残る「荒れ場所」になったのだから、過去のデータなんてあてにならないもんです。

令和6年春場所の優勝者は、前頭17枚目、幕内どん尻の尊富士。それだけでも大変なことなのに、尊富士は今場所が新入幕、そして初土俵は1作年秋場所。初土俵からわずか10場所目で、幕内最高優勝をつかんだのです。まさに空前のスピード。

これまでのスピード優勝はというと、尊富士同様に前相撲からの記録では貴花田(2代目・貴ノ花)と朝青龍が記録した24場所が最速。幕下付け出しからでも輪島の15場所が記録ですから、尊富士の記録はまさに異次元。ちなみに年6場所制以前の記録では、尊富士の110年前に新入幕優勝を果たした(大正3年〔1914年〕夏場所)両國の所要11場所などがありますが、当時は年2場所。両國は明治42年(1909年)6月の初土俵なので11場所といっても5年以上かかっているのですから、この点でも尊富士は異次元のスピードですね。とにかく大変な記録を打ち立てたものです。あっぱれでしょう。

その尊富士と最後まで優勝を争った大の里も、もし優勝していたら幕内2場所目、しかも初土俵からの所要では6場所目で尊富士よりも早かったのですから、やはり異次元の昇進速度です。大の里が今年の秋場所までに優勝を果たせば、早くも尊富士の最速記録を破ることになりますね。

千秋楽まで優勝の可能性を残していた2人、尊富士はチョンマゲ、大の里は髷も結えないザンバラ。どちらも大銀杏すら結えない若手同士の優勝争いは(たぶん)史上初でしょう。立派な大銀杏を結いながら若僧に優勝争いをさらわれた先輩力士諸兄は大いに反省、奮起してもらいたいところ。全員ボウズ頭にでもなりますか(笑)

場所中や場所後の記事や評論、SNSでも「幕内力士不甲斐ない」とか「重みがなくなった」とか「番付崩壊の危機」とかいわれています。尊富士、大の里だけでなく、熱海富士とか伯桜鵬とか、学生相撲で名を馳せた若手が台頭してくるスピードを見て「プロの実力低下」を嘆く声も多かったようですが、これはちと早合点でしょう。

ここは「プロの低下」ではなく「アマ相撲のレベルが上がった」ととらえるべきでしょう。

実際のところ、むかしは大卒の学生相撲出身者でもなかなかプロの相撲になじめず苦労しているイメージがありました。さらにいうなら、高校以前の相撲経験者は少なかったものですが、近年は高校相撲で実績を残してきた力士たちも、すぐに番付を上げてゆくようになりました。今年から高校選手権に優勝して高校横綱を獲得した新弟子は三段目付け出しでスタートできるようになったのも、そのひとつの証左でしょう。

どんなスポーツでも、プロのレベルを上げるにはアマチュアのレベルアップが必要であり、アマチュアのレベルを引き上げるのにはプロの充実が必要です。日本のプロ野球が世界トップレベルなのは、学生野球に代表されるアマ野球の充実あってこそだし、サッカーはプロのJリーグが発足して目標が出来てからアマの競技人口もレベルもアップしました。近年のバスケットボールも同様でしょう。

相撲という競技は長いあいだ、プロとアマに断絶がありました。ほんの数十年前までは大相撲とアマ相撲は、プロレスとアマレスほどの違いがあったものです。アマ相撲の経験者が大相撲に入門することがそもそも少なかったですから。アマの学生横綱であった輪島が大相撲の横綱となって成功したのが突破口になったのでしょうか。あれから半世紀近くを経て、大相撲を目指すルートとしてアマチュア相撲が充実しレベルアップしたのなら、相撲という競技にとっては、たいへん喜ばしいことでしょう。

尊富士や大の里の活躍を見て、これからも若い優秀な人材が大相撲の門をたたいてくれるようになるでしょう。昨今の新弟子数の減少は大相撲の悩みですが、新弟子のレベルアップが成されれば、いわば「量より質」 大相撲の将来には必要なことだと思いますよ。

さて、土俵に目を戻せば、いつのまにやら若い力士がどんどん昇進してきて、土俵の風景が一新されてきました。

古い話になりますが、もう半世紀ほど前の昭和40年代に、若手が一気に台頭して「ヤングパワー」なんていわれていた時期がありました。前述した輪島をはじめ、角界のプリンスと呼ばれた初代・貴ノ花、大関だった父親の後を継いだ2代目・増位山、三重ノ海、黒姫山、魁傑、旭国……のちに横綱・大関となり、大相撲人気を爆発させた世代です。その極めとなったのが、優勝24回の大横綱・北の湖でした。

長く続いた大鵬が王者だった時代が終わり、後を継ぐべき北玉時代が横綱・玉ノ海の急逝で中断した戦国乱世、その混沌を断ち切ったのが、このヤングパワー世代でした。

昭和47年(1972年)夏場所に輪島が初優勝。大卒学生力士の初めての優勝となったこの場所、専門誌「相撲」の総括座談会の見出しを今でも覚えています。

「新時代来たる!」

今場所を終わっての感想が、まさにこれ。長く続いた白鵬の時代が終わり、ここ数年は戦国乱世が続いたわけですが、どうやら次代を担う力士が登場したようです。

それが、今場所を制した尊富士なのか、新入幕から2場所連続11勝という成績を残した大の里。いやいや一足先に大関の座を獲得している豊昇龍琴ノ若か、あるいは熱海富士平戸海か、今場所は十両で停滞した伯桜鵬か。いずれも平成10年前後に生まれ24~25歳、アマ時代から鎬を削ってきた面々が天下取りを目指す、その状況がいよいよ整ってきたようです。

これからの1年ほどで、今後の土俵を制する覇者が生まれてきそうです。

期待しちゃいましょう。

いっぽうで、若手に押し出されるように、これまで長く幕内で活躍してきたベテランの猛者たちが次々と番付を下げてきています。碧山宝富士が十両落ちし、どうやら来場所は遠藤妙義龍が陥落しそうです。若手の台頭は喜ばしいことですが、ベテラン勢が消えるのはさみしい限り。でも来場所は宝富士が1場所で幕内に返り咲きそうですし、最年長の玉鷲はまだまだ元気です(今場所は負け越しちゃったけど) 彼らの逆襲にも期待したいですね。

さてさて次なる覇者は誰になるのか? 年内には決着がつくかもしれない覇権争い、楽しみです。

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