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令和6年・秋場所雑記

この秋場所は「大の里の場所」だった。

初日こそ熱海富士と際どい勝負になったが、その後はまったく危なげなく白星を重ね、12日目に若隆景に逆転負けを喫するまで全勝を保った。

若隆景に負けたときには、先場所同じように独走しながら終盤にひとつの黒星(大の里がつけたものだったね)バタついて優勝決定戦までもつれこんだ照ノ富士のことが頭に浮かんだのだが、杞憂だった。その後に琴櫻、豊昇龍の両大関を連破して14日目には優勝を決め、場所前から注目されていた大関昇進も手にすることになった。

おめでとう

白鵬の引退から3年余を経て、どうやら次の覇者が現われた……という感触はこれまでにも何人かに感じてきたが、今度はホンモノだろう。そう思わせるだけの迫力が、大の里にはある。

私は、かつて1年のうちに関脇から横綱まで番付を駆け上った大横綱・北の湖を思い出した。あの時の北の湖の勢い、無敵ぶりに、今回の大の里は似ているような気がするのだ。

もちろん、この先どんなことが起きるかは誰にもわからない。このままおめおめと大の里の独走を許すつもりは、ほかの力士たちにもあるまい。

なかでも大の里と年齢の近い、琴櫻、豊昇龍、王鵬、熱海富士、平戸海らは期するものがあるだろうし、来場所は(たぶん)尊富士が幕内に復活してくる。伯桜鵬も負傷が癒えれば戻ってくるだろう。

もちろん、横綱・照ノ富士もこのまま引き下がることもないだろうし、若隆景、若元春、大栄翔ら、やや年長の強敵たちもいる。いや、彼らの競り合い、楽しみではないか。

さてそんななかで、今場所ひょっとしたらブレークスルーしたんではないかと思った二人の力士に注目したい。

一人は、王鵬だ。いうまでもないが、大鵬の孫、貴闘力の息子という超サラブレットで、デビュー時から注目されてきた逸材だが、正直これまではその期待に100パーセント応えてきたとは言いがたい。恵まれた体格を活かせず、ときどきポテンシャルを感じさせるものの、どうももっちゃりしたイメージ。もちろん若くして幕内中位まで上がってきたのだから、それだけでも大したものなのだが。

それが、自己最高位の前頭2枚目の位置になった今場所、ついにその迫力を見せ始めたのだ。なかでも琴櫻、豊昇龍の両大関を連破したのには、ちょっと驚かされた。パワーを活かし、前に出る相撲が出始めたのだ。ああ、ようやくか、このまま一気に大爆発するか、と期待したのだが、要所要所でとりこぼし、けっきょくは9勝6敗。チャンスのあった新三役昇進も、どうやら逃がしそうだが、しかし来場所以降に大いに期待をもたせてくれた。体格、パワーなら大の里には負けない。期待してるよ。

もう1人は、人気者の宇良だ。こちらも終盤に両大関を連破し、大いに国技館を沸かせたのだが、その相撲っぷりは今までの宇良とは大きく変わった。宇良といえば、低く潜ったり、速い動きで相手を翻弄していくワザ師ぶりの印象があったが、とくに大関戦で見せた相撲はまったく違った。まっこうから突き押しで攻め切る相撲をたびたび見せたのだ。

デビュー時から変幻自在の相撲ぶりで人気者になった宇良だが、度重なる負傷で苦労した。その苦労を乗り越える過程で肉体改造に成功し、相撲ぶりも前に出るものへと変化しはじめていたのだが、今場所ついにその相撲が完成したようだ。成績こそ9勝6敗だったが、来場所は前頭上位へ上がってくる。こちらも楽しみだ。

という具合に、王鵬、宇良の2人はたいへん活躍したのだが、おいおい彼らに三賞はなしかい? どうやら候補にすら上がらなかったようだが、そりゃないだろう。

三賞については本欄では何度も文句をつけてきたが、今場所もまた不平を言わねばならないようだ。

いや、元・大関の霧島が関脇で12勝したのは、元・大関であるし三賞の対象ではないという見方はできるだろうが、上位で11勝した若元春、平幕で10勝した美ノ海、欧勝馬、宝富士、そして元・大関とはいえ「復活」の10勝を挙げた正代と高安も三賞の資格はあったんじゃないだろうか。

受賞した大の里、若隆景、錦木には異論はないが(でも2賞受賞の大の里にもうひとつ上げてもよかったかも)、もっと気前良くなってほしいですね。

さて、九州場所には大の里が新大関に昇進することが決定した(9月25日に正式決定)

これでこの令和6年(2014年)、初場所の琴櫻(当時は琴ノ若)に続いて2人めの大関が誕生したことになる。そして昨年の秋場所で大関に在位していた3人のうち2人が入れ替わった。大関をめぐる出入りが激しい1年になったといえよう。

夏場所後に大関から陥落した霧島は、どうやらその原因であった負傷が癒えたようで、今場所の活躍は復活を期待させるものになった。これが先場所だったら、無条件で大関に復帰できたのだが、1場所遅かったね。当然、再昇進のハードルは高くなるが、来場所13勝以上すれば3場所合計は33勝になるのだ。あまり意識されていないようだが、九州場所の見どころのひとつになるかもしれない。

そして先場所まで大関に在位し、今場所に再昇進を賭けていた貴景勝は、残念ながら途中休場となり、場所終盤に引退が発表された。まだ28歳。やはり首の負傷が原因となってしまったようだ。まだまだ若き大関の引退はなんとも残念。

優勝4回、綱盗りに挑む場所もあったが、やはり大関としては大きな足跡を残したとは言い難いだろう。引退後は湊川親方として後進の指導にあたるそうなので、今後の活躍に期待しよう。

そして、場所後には、妙義龍、碧山の2人も引退を発表した。ずっと見てきたベテランが土俵を去るのはなんとも寂しいものだが、これはいっぽうで新陳代謝が急速に進んでいることの証拠でもある。前記したように、力のある若者たちが続々と台頭してきている。どうやら、ほんとうに新時代の風が吹いてきているようだ。

これは幕内や十両に限ったことではないが、今場所はもつれる相撲が多かったように思う。土俵際に追い込まれ、あるいは投げに傾き、どうかすると相手に背中を向けてしまうような、いわば絶体絶命の体勢から、こらえ、立て直し、あるいは逆襲する。よく相撲中継でいう「攻防のある相撲」だ。そこからの逆転勝ちも多かった。その当然の結果として、物言いがつき、差し違え、取り直しなど、行司や審判員には多忙多難の場所だったのではなかろうか。

これは大変けっこうなことだ。あっさり終わる相撲よりも見ごたえがあり、場内の観客も大いに沸き、テレビ桟敷の視聴者もより惹きつけられる。そういえば特に発表はないが、NHKの取組動画配信の再生数なども増加していたのではなかろうか。

その原因が何なのか、簡単にはいえない。もちろん、若い力士たちのライバル意識が良い方向に作用しているのは間違いないだろうし、長い夏巡業での稽古が効果を出しているのかもしれない。あるいはコロナ禍でしばらくできなかった出稽古が再開されたおかげかも知れない。

その副作用なのかもしれない休場者の増加という問題もあるが、しかし土俵上の相撲内容は、明らかに上向いていると思う。

今、大相撲は良い方向に向いているのだ。

双葉山時代、栃若時代、輪湖時代、若貴ブームのころのような大相撲の「黄金時代」が再びやってきそうな気がしてる。それももうそう先の話ではないだろう。

さあ、その次代を担うのは、はたして誰になるのか? 九州場所も楽しみだ。

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