#64. 賢いのって、かわいいんだよ
高校生くらいで覚える単語に、「鋭い」という意味の acute があるが、これとよく似た、日本人ならだれでも知っている英単語 cute は、実はこの acute から派生したものだ。
もともと acute は 14 世紀後半ごろから英語として使われていたものだが、17 世紀に入って英語が北米に渡ると、アメリカで次第に頭の a- が発音されなくなり、ついには消えてしまった。
こうして 18 世紀に生まれた新しい単語が cute である。もちろん、ただ音が短くなっただけなので、意味は(しばらくの間)本来の acute と同じ「鋭い」のまま使われていた。
いまでもその名残りとして cute が「賢い,気の利いた」という意味で使われることもたまにある。
Don't get cute with me.
そういう小賢しい口をきくのは止めてよ。
That's a pretty cute idea.
それはなかなか気の利いたアイデアだね。
これが、おなじみ「かわいい」という意味で使われるようになったのは、意外と最近 19 世紀ごろの話なのである。
◇
ここで当然、ひとつの疑問が湧くだろう。
一体どうして「鋭い」という意味が「かわいい」に変わっていったのか。
これは、実のところよくわかっていない。
が、手がかりと言えるようなものはある。Online Etymology Dictionary の cute (adj.) の項には、cute の意味の変遷について次のような説明がある:
. . . informal sense of "pretty" is by 1834, American English colloquial and student slang.
「かわいい」という砕けた意味は 1834 年までに、アメリカ英語の口語・学生間のスラングとして発達した。
なるほど、どうやら「鋭い」cute を「かわいい」cute で使いはじめた張本人は、学生らしい。
となるともしかして、当時のアメリカの学生たちの間では、「(知的に)鋭い」生徒はある種「魅力的な」生徒であり、魅力的な生徒といえば、それは「かわいい」生徒ということだったのか。
正解はないので断定は避けるが、「鋭い」から「かわいい」までの間にある大きな隔たりの中間点には、この「魅力的な」という意味があるように思われてならない。
(A) 鋭い ⇒ [ (B) 魅力的な]⇒ (C) かわいい
語源の話ではよくあることだが、A と B が意味的に近く、B と C 間も連想可能だが、B を抜かすと、A から C はとんでもなくかけ離れているように見えるパターンである。
もちろん、さっきも書いたけれども、語源の話に完全な正解は存在しないので、ただ「確からしい考察」があるだけ。
この例にしたって、もしかしたら当時アメリカで賢かった学生が全員もれなくかわいかったというだけかもしれない。まあそんなことないと思うけど。
◇
現代の日本で暮らしてきた人間からすると、「知的で賢い」学生はむしろマンガなどでは「かわいい」生徒とは対極にいるものとして描かれることが多かった気がする。
でも学生を卒業して 30 代も近くなったいま、やっぱり頭がいいということも容姿がととのっているのと同じで、間違いなく人の魅力だよなあと思えるようになったのだから、自分も大人になったものだ。
もっとたくさん勉強をして、ぼくも cute にならなくちゃ。
…… ん?